00:プロローグ
よろしくお願いします。
「この扉を開けたらボス戦だ、準備はOK?」
天宮昂一の声に皆が頷いた。
彼らが今プレイしているのは、フルダイブ型の体感VRゲーム『神々の黄昏戦記』
舞台は22~30世紀の東京。世界は突如として異世界から転移してきた魔王軍により支配された。プレイヤー達は抗う者となって、サイキックパワーと強力な武器を使って世界の平和を取り戻す、というストーリーだ。
昂一が所属する”ヴァルキリーの翼”は5人組パーティーで、昂一の操るアバター”カザオリ”は主に敵の攪乱を担当し、他には銃使いのファング、パラメーターを肉弾戦に極フリのドラクル、サポート戦や情報収集が得意なヒリュウ、最後にサイキックパワー全振りの遠距離攻撃専門のムラサメが所属していた。
ゲーム開始最初期にギルド主催のイベントクエストで出合い、そこで意気投合、パーティーを組んで現在に至っている。
四谷上空に出現した魔王の空中宮殿。それは30世紀の東京の街並みにはそぐわない、中世ヨーロッパを思わせる白亜の城だった。
退廃した建物が並ぶ薄暗い神保町を抜けて、四谷上空に浮かぶその城に乗り込んだカザオリ達。城内は闇罠迷宮になっており、数々の難所を乗り越えた彼らは今、最終決戦の手前まで来ていた。この扉を開けたらいよいよ魔王の間だ。ゲームと分かっていてもドキドキした。
「あんたらも準備OK?」
ダンジョンの途中で出会ったパーティー”うつけ”の生き残りオヤブンとミヤビマルに声をかけた。彼らは回復係に死なれてダンジョンの途中で立ち往生していて、そこにカザオリ達がたまたま通りかかって、ここまで一緒に行動してきたのだ。魔王に挑むなら人数は多い方がいいという下心から。
「ああ、いいよ」
「行きましょう」
緊張の一瞬、カザオリは深呼吸を一つすると、扉を開けた。
全長8mはあろうかというその敵は、背中から伸びる8つの手蝕を翼のようにはためかせていた。髑髏の頭部から表情を読み取ることは出来ないが、ルネッサンス彫刻を思わせる筋肉モリモリの体からは禍々しい覇気が放たれ、見るものを威圧した。
髑髏の口がパカッと開いて超音波を放つ。問答無用の先制攻撃。パーティーは慌てて四方に散ってかわした。いきなり始まったラストバトルに冷や汗が背中を伝う。
息つく暇もなく2撃目。翼のように背中で揺らめく八つの手蝕がニードルのように唸りを上げて襲い掛かかる。
カザオリは巨大な大楯、ベルゼルガ・シールドでそれを弾くと、大楯の上に乗って上空に舞い上がった。大楯をサーフボードの様に操り、敵の攻撃をかいくぐりながら風系のサイキック『サイクロンエッジ』を叩きこんでゆく。
かまいたちが手蝕を、肩を切り裂き青い血が飛び散った。ダメージを受けたことに怒り、敵の注意がカザオリに向く。
ここぞとばかりに、残りのメンバー達が飛び出した。
最初に異変に気がついたのは、敵のステータスを調べたヒリュウだった。
「コイツ、魔王ラプスウェルじゃないよ」
「何言ってんだよヒリュウ。俺たち、魔王の間にのりこんだだろう」
「そうだよドラクル。でも違うんだ、魔王ラプスウェルじゃない。ボクのスカウターには冥王マクラスターってなってる」
相手のステータスを調べるレアアイテム、『スカウター』を装備したヒリュウが驚愕の声を上げた。
「冥王? イレギュラーなの? ユニークボス? ラスボスにまでユニークエネミーがいるなんて聞いてないぞ」
「とにかくやるしかねぇーよ」
魔弾を打ち込みながらファング。
「ねえヒリュウ。攻略サイトには何か載ってた?」
「ないない、前情報ゼロ。ひょっとして僕たちが初めて遭遇する第一号なんじゃないかな」
一進一退の攻防が続く。互いにダメージを受け、双方疲弊していた。
気がつくと、知らず知らずのうちに一ヶ所に集められていて、マクラスターの上空に巨大な氷の塊が出現する。それは砕け散り、幾千もの氷の破片となってカザオリたちに降り注いだ。例えるならば氷柱マシンガン。まともに喰らったらHPが持たないだろう。絶体絶命のピンチ、カザオリたちの顔が青くなる。
しかし、やられると思ったその時、ムラサメの放った火系サイキック『火炎竜』が目前に迫った氷柱の礫を残らず蒸発させた。
間一髪、立ち込める水蒸気の暖かさが、自分たちが命拾いしたことを実感させてくれた。
「助かったぁー。さすがムラサメちゃん、頼りになるなぁ」
軽口を叩くファングとは対照的に、ムラサメはその場にへたり込んだ。
「もうダメ。カザオリ、私SPゼロだから、次に同じの来たらもう防げないよ」
「マジか」
「おいおいどうすんだよ。誰かSP回復ドリンク持ってる」
ドラクルが皆を見回すが、みんな首を横に振った。
「やべーな、おい」
「カザオリどうすんのさ」
マクラスターが全身を発光させ始めた。ヌメヌメと鈍く光る全身。それは見るものの背筋を凍りつかせる禍々しさを感じさせた。息を飲む面々。
仲間達を見るとみな疲労困憊で、”うつけ”のオヤブンが持つ大太刀は刃こぼれし、ミヤビマルの双剣も1本が砕けてしまっていた。
次がラストチャンスになるだろう。
「ヒリュウ、奴の鎖骨の中心にある宝石どう思う」
「今までの戦闘パターン見てると、多分、魔力供給源なんじゃないかな」
「あれを破壊すればいいってのかい」
直情型のドラクルが、今にも飛び出しそうになるのをファングが抑えた。
「仮にもラスボスでしょう。そんなに単純にいく?」
「まあゲームだしな、それっぽい弱点は作ってあるでしょ」
「あんたらどう思う?」
”うつけ”パーティーに話を振ったら、
「今の時代、分かりやすい弱点ないとクソゲー認定されてネットで叩かれるからね」
「それに、それ見た既存のユーザーが離れて行ってしまう恐れもありますからね」
という答えが返ってきた。
「よし、となれば俺が注意を引いてる間に魔石破壊頼むぜ。ムラサメ、援護の準備は?」
「いつでもOK」
「ちょっと待った。マクラスターがなんかパワーアップしてる、今飛び出すの危険だよ」
マクラスターの禍々しいオーラにあてられたヒリュウが逃げ腰になった。弱気なヒリュウはここ一番という時、いつも及び腰になる。
「大丈夫、俺たちは運がいい。今までだってやってきただろ」
「今まで上手くいったからってさ……」
「たかがゲームだろ、ノリと勢いでいっちゃおうぜ」
とぼけた調子でファングが茶々を入れてきた。
「ファング、相変わらずお気楽極楽すぎ」
「それがボクちゃんの、いい所だからぁー」
シュウペイポーズをとりながらおどけるファング。
「言ってろよ」
呆れるヒリュウ。一瞬の間、次の瞬間どっと笑いが巻き起こる。みんなの心が軽くなっていった。いい雰囲気だ。
「よし、一か八かいくぞ」
「OKカザオリ、頼むぜ」
「せーのっ! ワン、ツー、スリー」
「ゴーッ!!!」
みんなで気合を入れると、カザオリは再び上空へと舞い上がった。サイキック攻撃を繰り出しながら、マクラスターの手触を右に左にかわしてゆく。隙を見てムラサメの手にした森の民の弓から援護射撃が入る。
そうやって敵の注意を引き付けているうちに、ドラクルが手にした戦槌で敵の膝裏に思いきり打撃を加えた。バランスを崩してひっくり返るマクラスター。
この好機を逃すものかと他の者たちが一斉に躍りかかった。魔石に攻撃を集中し、見事、破壊に成功。マクラスターの体から禍々しい気配が消えてゆく。わき起こる歓声。
が、
「危ない!」
カザオリの警告と当時にマクラスターの胸部が縦に割れて、中から等身大の悪魔が飛び出してきた。
仲間達が慌てて飛び退るのと、カザオリがベルゼルガ・シールドの先端を悪魔に突き立てるのはほぼ同時だった。サーフボード代わりの大楯を悪魔に突き立てたカザオリは、そのまま盾に仕込まれた太杭を打ち込んだ。
「こなくそォォォー」
轟音を轟かせながら、パイルバンカーが悪魔のドテッ腹を貫く。
仲間達があっけにとられているなか、悪魔は絶叫を上げて消滅した。
Congratulations!
辺りにシステムボイスとファンファーレが響き渡る。どうやら、冥王マクラスター討伐に成功したようだ。今度こそ本当にやっつけたようだ。体の中に喜びが浸透してきて、カザオリ達は大声で勝利の雄叫びを上げた。
苦労が報われた悦びと、仲間達と攻略で来た嬉しさ、そういった感情が心の奥から湧き上がってくる。
仲間達と大勝利の喜びを分かち合っていたら、ファンファーレが止んだタイミングで無機質な声が響き渡った。
―――冥王マクラスターの撃破ボーナスとして『リアル』もしくは『リミットオフ』を獲得できます。
聞きなれないアビリティ名に戸惑った表情を浮かべるカザオリ達。
「リアル? リミットオフ? なんじゃそれ」
―――『リアル』は現実世界でアビリティーを使用することが出来るようになります。ただし、今持っている装備やアビリティーははく奪され、ステータスは初期状態に戻されます。
「もう一回1からやり直しってこと? めんどくせぇな」
「いや、突っ込むとこそこじゃないでしょ」
「現実世界でアビリティが使えるようになるって・・・マジか」
「さすがに嘘だよ」
「それで、リミットオフは?」
―――『リミットオフ』。現在レベル上限は99ですが、それが撤廃されて999まで上げることが可能。そして素材アイテムの出現率をコントロールすることが可能になります。
自分で新たな魔王になる事も可能。
「いいじゃん、この世界の神になれるんだ」
オヤブンの目の色が変わった。
「どうするよカザオリ」
「リアル、すごいよな」
「でも、アビリティの引継ぎ無しなんだろ、強くてNEWGAMEさせてくんないってのがなぁ」
ドラクルが頭に手を置いて悩んだ。
「いやいやちょっと待って、現実でサイキックが使えるようになる? そんなわけないじゃん。アホじゃない」
「このまま強くなりすぎてもつまんないだろ」
「そうそう、アホで結構。何でも教科書通りってのも面白くないしな」
「あんたら馬鹿じゃないの」
「そんなに肩ひじ張ってても人生楽しくないだろ、もっとリラックスしなよ」
いつものおちゃらけた口調のファング、しかし目は笑っていなかった。
さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら、空気がピリつく。
―――どちらを選択しますか。
冥王の間に無機質な音声がこだました。
「結局、『リアル』選ぶの?」
ヒリュウが、カザオリに最終確認してきた。
「なんか極めちゃった感あるし、もう一度最初から皆で攻略しなおすってのも面白いんじゃない。超能力は、本当に使えるようになったらめっけもの、みたいな」
「そうだな、最初の方のストーリーだいぶ忘れちまってるしな。もう一回やり直すのも、案外面白いかもな」
「でも、この装備全部無くなっちゃうんでしょ。アビリティは案外簡単に上がるとして、素材集めまた一からってのがなぁ」
「いいじゃんファング。みんなでまたワイワイ素材集めしようよ」
「いいこというねヒリュウは」
「ドラクルは次どんなキャラにするの」
「今回は肉弾戦主体だったからな、次はスナイパーキャラにしようかな。名付けてデューク・ドラクル」
「よっガテン系アサシン!」
”ヴァルキリーの翼”の面々はゲラゲラと笑った。
それをイラついた眼で眺めるオヤブン。
「俺TUEEEしたくねぇのかよ」
厭味ったらしくつぶやいた。
その物言いにカチンときたドラクルが、食ってかかろうとするのをカザオリが止めた。
「そう言うのもいいんだけどさ。まあ、人それぞれだから。じゃ」
そう言うと、彼らは光の粒子となって消えていった。どうやら『リアル』を選択してシステムが作動したらしい。
「あいつら馬鹿だ。折角、最強になれるチャンスなのに」
消えてゆく粒子を見ながらオヤブンが吐き捨てる。
「すいませんオヤブン。俺もリアル派ってことで」
オヤブンが振り返ると、ミヤビマルが居た場所に光の粒子の滓が舞っていた。
「何だよアイツ」
結局、オヤブン以外はみな『リアル』を選んだのだった。