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「マンスリーの我が家」

作者: 弘せりえ

ヤエコは、アメリカ留学から

戻ったあと、実家には帰らず、

京都で一人暮らしを始めた。



実家が田舎のほうなので、

仕事を見つけにくかったし、

京都は外国人が多くて、

観光ガイドのバイトもできたからだ。


 

家を探すに当たり、

あまり定住を考えてなかったので、

とりあえず、マンスリーマンションに

入居した。

ウィークリーやマンスリーマンションは、

外国人の滞在者も多く、特にヤエコの

マンションは、各部屋とは別に

共用のリビングルームもある。

なので、狭いワンルームだが、

トイレ・バス、キッチンは個人で使えて、

なんとなくさみしいなと思ったら、

リビングルームに行けば、

誰かしらいるので、おしゃべりできる。

英語が堪能なヤエコは


誰とでも話せて、便利がられた。


 

そんな利点が気に入って、

半分以上外国人が住むマンションに入居し、

仕事の愚痴やマンションの管理についてなど、

相談しあっているうちに、

住人同士がとても仲良くなっていた。


ヤエコは、もう3年もこのマンションに

いるのだが、10年近くいる人もいれば、

本当にマンスリーで出入りする部屋もある。


怪しい入居者がくれば、

皆で警戒できたし、

クリスマスのイベントなど、

有志だけで楽しんだりできた。


 

マンスリーなので、普通の賃貸の

ワンルームよりわずかに高めなのと、

あと、家賃が景気によって、

上がったりするのは、難点だったが、

家具がほぼ備え付けなので、

いつでも引っ越しができる気楽さは、

普通の賃貸に比べて、とてもありがたかった。


 

ヤエコは何人かの住人とLINEで、

会話していた。

例えば、強引な勧誘がきたら、

マンションの知り合いたちに一斉に、

警戒するよう呼び掛けたりした。


 

そんなある日、ドアのチャイムを鳴らされて、

玄関の覗き窓から外を見た時、

ヤエコは驚いた。

そこには警察官が立っていた。



「あの、警察の者ですが、

少しよろしいでしょうか」



ヤエコは警戒して、チェーンを

つけたままドアを開けた。



「何ですか?」



少しだけ開いたドアから

ヤエコが顔を出すと、

生真面目そうな青年警察官が、

そこに立っていた。



「あの、わたくし、この近辺を

担当することになったんですが、

住民の皆さんに、こういうものを

記入してもらっているんです」


 

警察官は、『住人調査表』なるものを

ヤエコに見せた。



そこには、すでに、ヤエコの

住所と部屋番号が書かれている。

「名前」と「性別」「家族構成」

「緊急連絡先(携帯)」が空蘭になっていて、

そこに記入してもらうために、

近辺を回っているらしい。


 

ヤエコは、思いっきり眉をひそめた。



―住所まで知ってる警察官が、

なんで住人の名前知らないのよ!-


 

しばらく間があったが、

調査表を差し出した警察官は

あたかもそれが自分が警察官と

なった唯一の使命かのように、

微動だにせずに、立っている。


 

ヤエコも、負けずに相手の

出方を見ていた。

.本当に警察官かどうかわからないが、

本物なら変に逆らうのもおかしいかな、.

などと考えていた。


 

玄関から隙間風が入って、

調査表の上のページが、

ヤエコの玄関の中にヒラヒラと

舞い込んできた。

ヤエコは、ぞっとして、

思わず、その紙を足で踏んで止めて、

拾いあげた。


 

警察官の目は、ぼんやりと、

玄関の中を覗いていた。



「お宅は、鹿児島の方なんですか?」



突然そう聞かれて、

ヤエコは紙を警察官に押し付けながら

「はぁ!?」

と不機嫌な声を上げた。

なんで鹿児島と言われたのか、

気持ちが悪い。



「そんなことまで調べてるんですか?」



ヤエコの言葉に、警察官は、いや、

と無邪気な笑顔を見せる。



「そこに、イモ焼酎の空き瓶があるから、

鹿児島ご出身なのかな、と思いまして」


 

鹿児島には、姉が嫁いでいる。

その姉から送られてきた焼酎だったので、

ヤエコは更にゾクッとした。

どうも怪しい。

この人物が警察官である証拠は

どこにあるのだろうか?


制服だって、コスプレみたいな

ものかもしれないし、警察手帳とか

出されても、本物かどうか見分けがつかない。


 

とりいそぎ、ヤエコは、逃げることにした。



「あ、あの、今から出かけるんで、

時間ないんです」



警察官は、ヤエコの言葉に、

素直に応じた。



「そうでしたか、お忙しいところ

申し訳ありませんでした。では、また来ます」



彼はそう言うと、非常階段を使って、

違う階に移って行った。

それが上なのか下なのかわからなかったが、

もしかしたら、そこに潜んでいて、

ヤエコが本当に外出するか

どうか見ているかもしれない。


 

ヤエコは、とりあえず、

鍵と財布だけを持ってそそくさと

エレベーターに乗り、リビングルームに向かった。


ヤエコの部屋は5階で、

リビングルームは4階にあった。

このときばかりは、リビングルームが1階の

分かりやすいところではないことに感謝した。

部外者が4階で降りても、表札のない扉があるだけで、

管理人の知恵か用心かで、

「関係者以外立ち入り禁止」

となっているのだ。

マンションの入り口はオートロックになっているが、

誰が入って来るかわかならない。

さっきの警察官だって、

どうしてヤエコの部屋まで直接来れたのだろう。


 

リビングルームには、オーストラリア人のサラと、

インド人のダジールと、日本人のノッコがいた。

三人は、ヤエコの話を聞いて、

とりあえずヤバイと判断し、

リビングルームの鍵を内側からかけた。


 

住人であれば、鍵がかかっていればノックするし、

リビングルーム前のモニターに映しだされたら、

誰だかわかる。

ちなみにリビングルーム内も、

監視カメラが回っているので、

男女二人きりになっても、

女性が危険な目にあうようなことはなかった。


 

室内では、呑気に、ノッコとサラが

二人できゃっきゃとはしゃいでいる。


かたや、ダジールは、心配そうに言った。



「僕は心配、他に、部屋に、いそうなの、誰?」



ヤエコはこの時、携帯を持たずに、

慌てて部屋を飛び出してきたことに気付いた。



「ダジール、皆にLINEして。

もしかしたら、ジョイスがいるかもしれない」


 

ジョイスとは、中国人の留学生で、

まだ日本のことを良く知らない。



ダジールはすぐにLINEしたが、

「やっぱり、僕、見てくる」と言い出し、

ヤエコもジョイスがいる3階に行った。


 

部屋へ着くと同時に、青い顔をした

ジョイスが携帯を持って飛び出してきた。



「ダジール、これ、私、答えた、

ヤエコ、どうしよう」



その頃には、ノッコとサラも、3階に来ていた。



「皆で、その警官を追っかけようよ。

ジョイス、何分くらい前に、警察官きた?」



ジョイスは30分ほど前、と答えた。

警察官は、ジョイスの情報を得てから、

ヤエコのところにきたと思われる。


 

と、その時、3階の非常階段から、

ダジールが飛び降りた。



「○△□◎~!!」



何やらインド語で叫んでいる。

女性陣があわてて非常階段を覗き込むと、

自転車に乗りかけた警察官の上に、

ダジールの巨体が覆いかぶさっている。



「わー、危機一髪!」


 

ヤエコとノッコは思わずそう叫んで、

皆で、ダジールの元にかけつけた。




警察官は、普通の青年だった。

ヤエコが、警察署に連絡をいれたら、

すぐに本物の警察官が駆けつけて、

青年を連行して行った。

常習犯らしい。


 


その後、リビングルームでは、

仲良し住人たちがダジールの武勇伝を語り、

しばらくダジールはヒーロー扱いを

受けることになった。


ヤエコはやっぱりこのマンションが

好きだなぁ、と思った。


                  


                 

                 了




 

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