リヒト様という人
最初にその場所を見た時に絶望よりまず、雑過ぎないか、と思った。
下が見えない崖に突き出した1本の木の板。
私を拘束して連れてきた後ろの兵士達は早くその木の板の先に行くよう私の腰を長い棒でつついた。
「ここから飛び降りろと?」
「この崖を隔ててそびえる山、そしてその先にあると言われている土地は竜族のものなのだ。
聖女達は役目が終わる時になるとここから身を投げ、水を司る竜族への雨乞い祈願をして下さる。」
はぁ、と気の抜けた返事が出た。
祈願をしてくださる、というのは多分嘘だろう。絶対に何人かの聖女は突き飛ばされたんだろうな、と予想が着く。
大体最後の役目だと言われ、はいそうですか。と暴れずに大人しく着いてきたラヴェンナですら手を後ろで組まされ、縄で拘束されている。
さぁ、最後に祈りを。と言われ、だから祈りとか言われてもよく分からないんだよな。私聖女じゃないし……と思いながらせめて最後に感謝を告げるべき人へ想いを告げる。
「ごめんなさい先生。でも、私はあなたから頂いた知識で多くの人を救えたと思います。」
救えた、は流石におこがましがっただろうか。でも多少の苦痛は取り除けた筈だ。
先生はきびしかったが優しくもあった。
向こうで私を待っててくれたりしないだろうか。
後ろから棒を構える兵士がチラと視界の端に写った。最後の抵抗だと言わんばかりに私は軽やかに足で板を蹴る。
そして、ずっと言いたかったことを腹の底から叫ぶように言ってやった。真顔だと言われ続けた私にだって、感情はある。
「その気持ち悪い笑顔、不愉快なんだよ!」
なんだと!と言う声が聞こえた。
聞こえただけで落ちゆく私からその姿は見えないが。
そうして風をきって落ちていく自分にいずれ来る衝撃を覚悟した。唇をかみ、少しでも痛みを感じず死ねるようにと体を丸めてぎゅっと指を握りしめる。
いっそ終わるなら早くしてくれ、と思いながら。
しかしそれも叶わずその衝撃は明るい声で絶たれた。
「あら!来ましたよ~!!!リヒト様!早く!」
「わかっている。」
ビュッと下から吹いた風が自分を吹上げ、思わず体制を崩し閉じていた目を開ける。
次の瞬間、何かの腕に抱きとめられそのままその人物とともに落下した。
いや、ただしく言えばその人物と共に着地した。
時分を抱きとめた人物が落下する直前、背中に生えた大きな翼で羽ばたいたのだ。
力強く羽ばたかれたその翼は凄い音と友に地面に落ちる衝撃を防ぎ、自分をそっと地面へと降ろした。
「え、あ、……え?」
あまりにも訳の分からない展開に驚きながら振り向く。
少し緑がかった黒髪に大きな翼、そして目を引く立派なツノ。
それが、後に私と婚約関係となる竜族のリヒト様だった。