第72話 ブローニュ大森林の変化
「何だか緊張してきた……」
キング一行は宿場を出た後、ブローニュ大森林に向けて歩みを再開させていた。そして一行は遂に樹海とも言える広大な森に足を踏み入れたわけだが、ここにきてウィンは久しぶりの帰郷に気持ちが高ぶってきたようである。
それはウィンにとってはいい意味ではないようで顔も強張ってきている。
「でも驚きました。目的地がウィンの故郷だなんて」
「そう言えば僕もあまりエルフは見たこと無いかもな。正直ウィンが初めてだったし」
「仕方ないわね。エルフは排他的な種族だからそもそもあまり外の世界に関わろうとしないのよ。勿論中には私みたいな好奇心旺盛なタイプもいるんだけどね」
「自分で言うんだな」
ウィンが得意気に語りハスラーは苦笑いである。
「ところで道はこっちで合っているのかな?」
「キュ~?」
キングがウィンに向かって聞いた。頭の上ではボールがポンポン跳ねながらキョロキョロと周囲を観察している。
「えっと里の場所が変わってなきゃ間違いない筈なんだけど」
「おいおい頼りないな。まさか迷ったんじゃないのか?」
周囲を見回しながら小首をかしげるウィンを心配そうな目で見るハスラー。ウィンは少し不機嫌そうに彼に答えた。
「そんな筈ないわよ! 私これでも記憶力には自信があるんだから! でも、妙なのよね」
「妙、ですか?」
弱り目を見せるウィンにアドレスが問う。
「うん。景色が変わってるのよ。前とは微妙にね。それに本来なら木の実とか結構なってる筈なんだけどほとんど見ないし枯れ木も増えてるような……」
確かにそこはキングも気になるところであった。実は奥に行くにつれ段々と閑散とした空気が強くなってきた。緑の量もどことなく頼りなくウィンの言うように痩せ細った木も目立っている。
「やっぱりおかしい……何か空気が淀んでるし」
ウィンがいよいよ深刻な表情を見せた。キングが腕を組み唸り声をあげる。
「うむ。確かに妙な気配が満ちているようだが、ムッ!」
その時、ガサゴソと枝が揺れる音が聞こえ、かと思えば一見すると人のような何かが出現した。
「え? 何これ?」
「おいおい。まるで木がそのまま人間になったみたいじゃねぇか」
「トレントともまた、違うようですね」
「キュ~!」
そう。現れたのはまさに樹木と同化した人間のような化け物であった。
「ウゥ……」
「アァ……」
化け物が少しずつ近づいてくる。それに応じるようにキング達が身構えた。
「え? ま、待って! この化け物、耳がある! しかも長い、これって……」
ウィンがわなわなと肩を震わせた。キングもつぶさに現れた化け物を観察するが、確かにエルフ特有の耳が生えている。
「おいおい、これってまさか」
「元、エルフなのですか?」
ハスラーとアドレスにも戸惑いが見えた。キングもどうしていいかと考える。
これがもし元々エルフだったならウィンの同郷のエルフである確率が高いだろう。
「……ここは一旦逃げるとしよう。ウィンの関係者かもしれないなら下手に攻撃は出来ない」
「だけどキング囲まれてるぞ!」
「――相手は木。ならこの手で行こう! ボール!」
「キュ~!」
キングが呼びかけるとボールの形状がドッジボールの球に変わった。
「それでどうするつもりだキング?」
「こうするんだ。灼熱の闘球!」
キングが手首の回転を利用してボールを投げた。凄まじい回転の摩擦でドッジボールが炎に包まれる。
「お、おいまさか燃やす木か!」
「そんなキング!」
「大丈夫だ――」
キングの動向を心配するハスラーとウィンだがキングがシュンっと消え、かと思えばボールを投げた先に移動し炎に包まれたドッジボールを自らキャッチした。そのまま回転し更に投げる。それを繰り返す。
「す、すごい……」
「なるほど。当てる気はないってことか。だけどこんなことして何の意味が?」
「いや、待って! 木になったエルフが怯んでる!」
そう、キングの行動は直接ダメージを与えたり燃やしたりするものではなかったが、木は自然と火を怖がることもあり、怯んだまま動きが止まっていた。
「このまま脱出するぞ!」
「全くとんでもないなキングは!」
「誰も傷つけること無くこの場を切り抜ける――流石キングです」
「ありがとうねキング!」
こうして一行はその場から脱出するのに成功するのだった――




