第50話 ハスラーの敗北
ヤンの一撃によってハスラーが吹き飛んだ。胸部には槍によって出来た深い傷が出来ている。出血が多くハスラーの顔から血の気が引いてきていた。
「ハスラーくん!」
「いけない! ボール!」
「キュッ、キュッ~!」
キングが呼びかけるとボールがすぐにハスラーの傷に張り付いた。出血を止めるためだ。ボールは体の変化が多彩だ。キングの理想のボールにも変化出来たが、こういった応急処置の際にも助かる存在なのである。
「傷はボールの処置で一時的に塞がっているが……意識を失っているか」
「フンッ、どうやら俺の勝ちなようだな」
大きな影がハスラーを覆った。ヤンが倒れたハスラーを見下ろしていた。勝ち誇ったように言葉を投げつけてくる。
「やはりこの程度だったか。しょせんは偽物ということだな。当然だ卑怯な真似をして奪った奥義と偽物の免許皆伝で得意がるような愚かな男なのだからな」
「ちょ、そんな言い方ないでしょう!」
「ふん、事実だろうが」
「むむむぅ!」
抗議の声を上げたウィンを一笑に付すヤン。ウィンの怒りは収まらないのか唸り声を上げ睨んでいる。
「貴方、ここまでやる必要あったの?」
するとダーテも不快そうにヤンに問う。だがヤンは腕を組みダーテを見下ろしながら答えた。
「これは決闘だ。それである以上、例え死んだとしても文句は言えない。真剣勝負とはそういうものだろうが」
「そ、それは……」
「確かにそのとおりだ。勝負事というのは本来命懸けなものだからな」
不満そうなダーテであったがマラドナが割り込み、ヤンの考えにも理解を示した。
「この戦いはあんたの勝ちだ。それでもういいだろう。敢えて敗北した相手を貶める必要もない」
「そうか。だがこれだけはしっかり伝えておけ。約束だからな。二度と無尽流無槍術を名乗るなよと」
「――その条件はここの責任者である俺がしっかり聞いている。目覚めたら伝えておくさ」
「当然だな。しかし、冒険者というのはこんなものか。そこの塵はBランクの冒険者らしいが、この程度のまがい物がそれなら、俺ならすぐにSランクぐらいとれそうだ。ガッハッハ、全く所詮その程度の野良犬集団ということだな!」
「な、何だとテメェ!」
「あん?」
「あ、いえ、すみません――」
ヤンの物言いに見ていた冒険者の一人が声を上げるがひと睨みされて引っ込んでしまった。
その後は高笑いを決めながらギルドを出ていく。
「なんて野郎だあの野郎!」
「ハスラーだけじゃなくて冒険者全員に喧嘩売るような事言いやがって!」
「マスター! 言いたいように言わせといていいんですかい!」
「いいも悪いも、今のお前らを見てると実際そんな気がしてしまうぜ。全く情けない」
「本当。こんなのただの負け犬の遠吠えじゃない」
「「「「「「「「うっ――」」」」」」」」
腰に手を当てて呆れ顔を見せるダーテに、冒険者達も何も言えなくなった。
「キング、このまま言われっぱなしでいいの!」
するとウィンがキングに話を振る。このままとはヤンとのことについてだろうが。
「これはハスラーの戦いだった。そして彼が負けた。それが事実だ。俺が出しゃばっていい話でもない。それより――」
どうやらキングはハスラーの容態を氣にしているようであり。
「マスター、治療の手はどうだ?」
「あぁ、職員が今ポーションを取りにいってる。回復魔法の使い手が丁度いなくてな……とは言えこのままってわけにもいかないな。医務室に連れていくとしよう」
「なら俺が運ぼう」
そしてハスラーを担いで医務室に運んだ。ベッドに寝かせたところで職員がポーションを持ってきてくれたのでボールに一旦離れて貰い患部に掛ける。
「大丈夫かな? あ、そうだ私の魔法で!」
「いや、その、それはなんだ――」
「そ、そうよねごめんなさい」
ウィンがしゅんっとなった。折角の申し出に対してキングとしても申し訳なくあったが、しかし以前見せてもらった魔法では傷が悪化しかねない。
「心配しないでも大丈夫だ。ボールのおかげである程度傷口が塞がっていたからな。ポーションの効果も出ている。時期に目覚めるだろう」
「そうなんだ。やっぱりボールは凄いね」
「キュ~♪」
ウィンがボールを撫でてやるとプルプルと震えて喜んだ。
すると間もなくしてハスラーの目が開く。意識を取り戻したようだ。
「良かった目がさめたわ!」
「ここはベッドの上か?」
ハスラーが無事だったことにウィンが喜んだ。一方でハスラーはどこか意識が覚束ない様子だったがそれもすぐにはっきりしてきたようであり。
「そうか、僕は負けたんだ――」
「あぁ、そうだな。完敗だった」
「え? キングそんなハッキリと――」
「いや、いいんだ。むしろハッキリと言ってもらった方がいい」
苦笑しながらもハスラーがそう答える。それから暫くその目が虚空を捉えていた。
「……キングから見て、僕の技はどうだった?」
それから少しの間を置いて、ハスラーが聞いてくる。その問いにキングは顎を擦り。
「そうだな。最初に戦った時も見事な腕前だと思ったものだ。だが同時に、どこかチグハグにも思えた。心技体がまったく噛み合ってないような違和感を覚えた。そしてさっきのヤンとの戦いを見て確信に変わった」
「はは、キングがそう言うならやっぱりそうなんだろうね」
自虐的な笑みを浮かべハスラーが返す。
「え、やっぱりって?」
「……僕は槍を扱うのは好きなんだ。元々は我流でやっていたのだけど、限界を感じてね、あの流派の門を叩いて指導を仰いだ。だけどいまいちしっくりこなかったのも事実なのさ」
ハスラーが答える。するとウィンが思い出したように口を開き。
「そういえばヤンが言っていたのだけど、貴方が、師範を気に入らないと言って倒して無理矢理免許皆伝の称号を奪ったって……」
ウィンが告げると、ハスラーは瞑目し。
「間違いじゃないさ。そのとおりだ。はは、そりゃあいつも怒るか」
再び自嘲するハスラーに複雑そうな顔を見せるウィンだった。
「……キング、暫く一人にしてもらってもいいかな?」
「あぁ、わかった」
ハスラーの気持ちを汲み取りウィンと一緒にキングは医務室を後にする。すると受付に戻った二人に気がついたダーテが声を掛けてくる。
「キング、ハスラーくんはどうだった?」
「あぁ意識は回復した。ただ暫く一人になりたいと言うからな」
「そ、そう。大丈夫かな。あの子、自信家だっただけに心配なのよね」
「何、そこまで弱い男じゃないさ」
「だといいんだけどね。あ、ごめんなさいまだ仕事が残っているから」
「あぁ、俺達も一旦出るよ」
「そう。あ、エルフの里については進めておくからね」
「あぁ、ありがとう」
「お願いね!」
「キュ~」
そしてギルドを後にする一行であった――




