第47話 ハスラーを追う者
おまたせいたしました令和2年初更新です。
キングとウィンが揺れる馬車の中で話していると、突如同乗していた槍使いが立ち上がり、話に出たハスラーについて問い詰めてきた。
随分と高圧的な態度でキングにハスラーについて教えろと詰め寄ってくる。
「さぁさっさと聞かせてもらおうか。隠すとためにならんぞ!」
「……お前は一体誰かな?」
「何?」
仕方ないのでキングが近寄ってきた相手を誰何した。槍使いの顔が不機嫌そうに歪む。
「聞いているのはこっちだろう!」
「ちょ、ちょっとそんな言い方ないんじゃない? 見ず知らずの人に突然聞かれてはいそうですかと教えられるわけないじゃない!」
ウィンが眉を顰め叫ぶ。するとキングもコクリと頷き。
「彼女の言うとおりだ。何を思って話しかけてきたか知らないが、初対面の相手への態度としては些か無礼が過ぎるのではないかな?」
「キュッキュッ~!」
キングが改めて諭すとボールも肩の上でポンポンっと跳ね、怒りを顕にしていた。
「貴様……」
「ちょっとお客さん揉め事は困るよ。馬車では出来るだけ静かにな」
蟀谷のあたりがピクピクと波打つ槍使いに御者が注意を促した。移動中の馬車で暴れられたら溜まったものじゃないと思ってのことだろう。
「そういうことだ。他に乗客がいないとは言え節度は守ってもらおう」
「……チッ、俺の名前はヤンだ。無尽流無槍術で師範をしている」
キングの言葉に舌打ちする男だったが、考えを改めたのか自らの素性を明かし始めた。
「無尽流無槍術……」
「知っているのキング?」
「まぁな……」
「ふん、当然だ。無尽流無槍術は最強とも呼び名高い槍の名門だからな」
ヤンが得意がるが、キングがその名前に反応したのもハスラーが扱っていた流派だからというのが大きい。
「それで、なぜそんな有名な流派の師範が彼を探しているのだ?」
「それはあいつが道場の看板に泥を塗ったからだ!」
「泥を塗った?」
ヤンの言葉を復唱する。どうやらハスラーが何かしたようではあるが。
「一体何をやらかしたって言うの?」
「……ふん、口にするのも汚らわしいが、仕方ない教えてやろう。そう奴も以前は無尽流無槍術の門下生であった」
それはハスラー自身が言っていたからよく知っている。そして彼は僅か半年で免許皆伝を言い渡されたのである。
「だが奴はあろうことか、修行が嫌になったという理由で半年で免許皆伝を寄越せなどと口にし、その場にいた兄弟子と師範を叩きのめし強引に免許皆伝にさせ奥義まで奪っていったのだ!」
歯牙を噛み締め、怒りに肩を震わせながらヤンが言った。ウィンが目を丸くさせ。
「な、何か話を聞いていると確かにそのハスラーの方が悪そうに思えるわね」
「う~む……」
「キュッ~……」
ウィンの言い分も尤もなことだろう。これはキングとしても反応に困るところだ。今思い起こせば確かにハスラーは兄弟子を倒したと口にしていた気がするからだ。ただ師範まで倒したとは言っていなかったと思うが。
「でも、半年学んだだけの相手に負けるというのもちょっと情けないわね」
「チッ、それは当然な話だ。勿論ハスラーなどに破れた連中は即刻破門としたがな」
「破門? 随分と厳しい気がするが……」
「そんなことはない! あの愚か者は論外だが、そんな程度の低い男に敗れることも恥! 全く情けない限りだ!」
ヤンは随分とご立腹な様子だ。しかしキングとしては解せない部分もあった。確かにハスラーはキングにも最初は挑発的な態度を取ってきたが根が悪い人間ではない。
あのハスラーがただ修行が嫌だという理由でそんな無茶をするのか、少々疑問に感じる。
「それで、ハスラーと会ったらどうするつもりなのだ?」
「当然あの腐りきった男はこの我自ら叩きのめし、金輪際無尽流無槍術の名を語れないようにしてやるつもりだ!」
「そうか……」
どうやらヤンは力で訴えるつもりなようだ。ただ、もしこの男の言っていたことが本当ならばハスラーもそれ相応の仕打ちを覚悟する必要がある。
「さぁ、この通りちゃんと理由まで話したのだ。ハスラーがどこにいるか教えるが良い」
「……俺がハスラーを知っているのは冒険者ギルドで会ったことがあったからだ。流石に今どこにいるかまでは知らない」
「何? つまり奴は今、オフサイドの町で冒険者をやっているということか?」
「そうだ」
「はは、そうか。それだけわかれば十分だ! そうか、冒険者か!」
そしてヤンは満足げに自分の席に戻っていったが。
「キング教えても良かったの?」
ウィンがキングに耳打ちしてくる。キングの知り合いなのに良いのかという意味であろうが。
「問題ないさ。ハスラーが冒険者をしているのは周知の事実で、しかもギルドでは有名人。この程度のことは俺以外の相手でもすぐに知れる情報だからな」
正直冒険者ギルドに行ってハスラーの名を出すだけでも反応は見られるだろう。今キングが黙っていたところで仕方のない話だ。それに一応は詳しい事情を聞いたのだからそれでただ知らないでは通用しないだろう。下手にしらばっくれても無用なトラブルを生むだけだ。
尤もキングはもし先にハスラーと再会出来たならこの男については教えるつもりだった。キングの口からハスラーが冒険者をやっていることを教えたことも踏まえて。
「あ! お客さん、ちょっといいかな? モンスターが沢山出たんだ」
「そうか、なら――」
「ふん、お前たちは黙って見ているがよい。一応は情報を聞いたからな。お礼に我が槍さばきを見せてやる」
馬車の動き止まり、御者がキング達に危険を知らせた。
キングとウィンが馬車を降りようと動き出すと、それをヤンが制し槍を持って馬車の外に出た。
「少し興味があるな……」
「う、うん、私も!」
「キュッキュッ~」
キング達も馬車の外に出てヤンの実力を見せてもらおうとする。
「ふむ、マウンテンバッファローの群れか……」
「うわ、何あれおっきぃ」
「キュッキュ~」
馬車の前方で身構えていたのは巨大な牛の群れだった。先鋭した角を有し、自慢の突撃に使用する。
「お前たちは巻き込まれないようにせいぜい気をつけれることだ」
「巻き込まれる?」
ヤンがそう忠告したとほぼ同時に、モンスターの群れが一斉にヤン達に突撃してきた。その力強さに地面が大きく揺れ動く。
「お、おいあんた、本当に大丈夫なのか?」
「問題ない! 無尽流無槍術奥義! 猛弧裂槍!」
するとヤンは長大な槍を頭上で振り回した。その回転力で突風が生まれる。巻き込まれるなとはこういった行為も含めての話なのだろう。
そして、突撃してきたマウンテンバッファローの群れに向けて半円を描くように力強く振り抜いた。
ただでさえ長い槍だが、振り回した際に生じた衝撃により槍の射程が伸び、結果一振りでモンスターの群れが上下に両断されることとなった。
見事に切断されたことで突撃してきたモンスターは一匹残らず地面に倒れ慣性である程度滑り進んだ後、その動きを止めた。
「す、凄いわね」
「……あぁ、大したものだな」
「ふん、当然だ」
ヤンが槍の石突を地面に乗せ得意顔で鼻を鳴らした。だが、直後キングは悲しい顔になり。
「だが、これでは肉が台無しだ……」
「キュ~……」
そう、マウンテンバッファローの肉はとても旨いと評判の肉でもあったのである――




