第46話 ウィンが嫌がる理由
ウィンがテニスの力を存分に発揮するには、どうしてもラケットを完成させる必要があるだろう。
だが、当の本人であるウィンがそれを頑なに拒否した。これまでの話でいけば、ウィンの故郷に戻りさえすれば材料が手に入るはずだ。
だが、どうやらウィンはそれが嫌らしい。
「事情を聞かせてもらってもいいかな? 勿論どうしても嫌だと言うなら仕方ないが……ただ、俺はウィンには才能があると思っている。試作品とは言えウィンはすぐにボールを打つことが出来たしそれで精霊魔法も発動できた。それなのにこれで終わらせるのは非常にもったいない」
ウィンはフォームも初めてとは思えないほど綺麗だった。ラケットの重みで腕に負担がかかってしまい、どうしても振りが甘くなってしまったところだけ若干気になったが、逆に言えば理想のラケットが手に入ればそれで十分補える。
ミスリルは鉄よりは軽いし、メインを木材に変えれば当然その分ラケットが軽くなる。更に言えば木材にしろミスリルにしろエルフにとって非常に馴染みの深い素材だ。それだけに手に馴染みやすいのである。
「……それ、本気で言っているの?」
「当然だ。俺はこんなこと冗談では言えない。それにボールだって感じ取っているはずだ」
「――キュ~!」
本当? という目を向けてくるウィンに、ボールはプルプルと震えて鳴いて答えた。自信を持って! と応援しているようだった。ギュ~っとウィンがボールを抱きしめる。
「……一つ、お願いしていい?」
「俺にかい? 勿論俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
「……なら、もし私がブローニュ大森林に一緒についてきて欲しいと言ったら、聞いてくれる?」
「うん? 何だそんなことか。それでウィンが故郷に戻れると言うならいくらでも付き合うぞ」
「ほ、本当?」
「待て! 待て待て! 本気か嬢ちゃんよ!」
ウィンの頼みを聞き、キングは快諾したが、そこへスミスが口を挟んだ。一体何かあるのか? と小首を傾げるキングであり、ボールも、? といった様子を見せている。
「キング、ブローニュ大森林のエルフは基本的には人嫌いで有名なんだ。立ち入ることを許可されている商人も獣人など限定で人族は許されていない。冒険者だって許可がいるはずだし、上手いこと許可が下りたとして、正直ついていったところで嫌な思いするだけだぞ。嬢ちゃんだってそれぐらいわかってるだろう? なのにどうしてそんなこと頼むんだ?」
スミスの話に、弱った顔を見せるキングでもある。正直言えばエルフが暮らす大森林に興味はあった。だが、それが逆に仇となるなら迷いどころでもある。勿論約束は守る男だ。ウィンがそれでも構わないと言うなら何があってもついていくつもりである。
「勿論、わかってるけど……でも、1人は嫌なの。それに私が1人で行っても同じことよ。恥ずかしいから黙っていたけど、実は私、里から追放されたの。それで流れ流れてここまで……」
「そうだったのか……」
「キュ~……」
これでキングにも合点が言った。ウィンがどうしても故郷に戻りたがらなかったのは、村を追放されたという負い目があったからなのだろう。
「私がキングと一緒に行きたいと思ったのは、キングも一緒だったから。キングも一度は冒険者ギルドを追放されたんでしょう? でも、苦難を乗り越えてキングは戻ってこれた。一度は追放されたのに見事復帰した。そんなキングと一緒ならひょっとして、とそう思ったの」
ウィンは里から追放されたことを気に病んでいて、中々戻る決心がつかなかったようだ。そのことにキングも似た境遇を感じた。ウィンはただでさえ冒険者として追放されかかっていた。
似たような目にあったことのあるキングとしては、見過ごすわけにはいかない。
「……わかった。そういうことなら改めて一緒にいかせてくれ。何が出来るかはわからないが、それでウィンの気持ちが少しでも前に進むなら、いくらでも付き合うさ」
「キュッ! キュ~!」
ドンッと胸を叩き同行すると宣言するキング。ボールも張り切っていた。
その様子に嘆息するスミスだが。
「ま、キングならそう言うに決まってるか。だったら意地でもミスリルは手に入れて来いよ。ドワーフにとっては憧れの素材だからな!」
ミスリルはエルフが管理していることが殆どである。故にエルフとの折り合いが悪いドワーフに回ってくることは稀だ。しかし、あらゆる金属に興味を持つドワーフにとってみればエルフは嫌いでもミスリルは喉から手が出るほど欲しい代物なのである。
「それとエルフの里にいくなら木の加工は可能ならエルフの連中に任せた方がいいな。その手のはあいつらの方が得意だ」
「正直、追放された私がどこまで頼めるかわからないけど、頑張ってみるわ」
「あぁ、てか、そもそもお前、何で里を追放されたんだよ?」
スミスが核心に迫ることを聞いた。正直キングも気になったところだが、ウィンの様子から中々切り出せなかったことである。
しかし、このあたりは流石遠慮なしに思ったことを口にできるドワーフである。
「……せ、精霊を暴走させたから……」
「あぁ、なるほど……」
「キュ~……」
暴走? とスミスは疑問顔だが、キングやボールには得心がいく理由であった。
「ま、よくわかんねぇが頑張れや」
「言われなくても何とかしてみせるわよ!」
憎まれ口を叩き合いながらも、最初よりはどこか打ち解けあった印象も受けるキングである。
こうして話もまとまり、いよいよキングにボール、そしてウィンの3人はエルフの里に向けて動き出すことなった。
◇◆◇
「何か、本当にごめんね」
「気にすることはないさ。とは言え、エルフの大森林に向かうなら一旦町に戻らないとな」
「キュッ、キュッ~」
スミスと別れた後、一行は山を下り、そして件の街道の前で馬車を待っていた。乗合馬車は移動するルートが決まっており、ルート上に客が待っていたら止まって乗せてくれる。
キングは一旦ウィンやボールとオフサイドの町に戻るつもりだった。スミスも言っていたが、今から向かおうとしているのはエルフたちが管轄するブローニュ大森林である。
冒険者は基本自由だが、とはいえ国境を超えるような場合には許可が必要になることがある。特に相手は人嫌いで有名なエルフだ。
冒険者ギルドに無許可でいくわけにはいかない。エルフ相手に失礼があったとなれば一冒険者の問題だけでは済まされない可能性もあるからだ。
「そもそも、許可が出るかしら?」
馬車を待っている間、ふとウィンが不安そうに呟いた。だが、キングはなんてことがないように笑い。
「何、理由がどうあれウィンからすれば故郷に一旦戻るというだけのことだ。俺はその仲間として同行する。そういう理由があれば申請も通りやすいだろう」
「な、仲間としてね……」
ウィンがそっぽを向いて呟いた。頬が何故か紅い。
「おっと馬車が来たようだぞ」
そうこうしている間に馬車がやってきた。キングに気がついた御者が手綱を操りキングたちの前でピッタリと馬車を止めるが。
「おお、あんたらかい。この間は助かったよ」
「ん? おお、貴方もご無事なようで何よりだ」
「キュッ! キュッ~」
馬車の御者は行きで一緒だった御者だった。どうやら今度は丁度オフサイドの町に向かう途中に重なったようだ。
「はは、あんたらもいてくれるなら百人力だな」
「も?」
キング達が乗り込むと御者の彼がそんなことを言った。ウィンが小首を傾げるが、先客を見て納得した。
「見ての通り、そっちの旦那も腕には自信があるようなんだ。これなら何が出てきても安心だねぇ」
「ふむ……」
「キュ~」
先に乗っていたのは体格の良い厳つい男だった。鍛え上げられた丸太のような腕をガッチリと組んで奥に座っている。そして嫌でも目についたのは、馬車に寝かせられた長大な槍であった。あまりの長さに寝かせていてもまだ足りず、後ろの窓から先が飛び出してしまっている。
「凄い槍ね……あんなのどうやって振り回すのかしら?」
「それだけの腕を持っているということなのだろうな」
「キュ~」
ボールも驚いているようであった。先客は一旦はキング達に視線を向けてきたが、すぐに興味なさげに瞼を閉じた。
妙な威圧感を放っている男だった。特に何があるといういわけでもないが、無用なトラブルを避けるため若干距離を置いて席に座った。
「じゃあ、出発するぜ」
ガタゴトと馬車が揺れ動く。
「そういえば私、実はあまり槍使いの冒険者をみたことないのよね。少ないのかしら?」
「そんなことはないと思うが、やはり剣の方が持ち歩きやすいからな。剣を好む者が自然と多くなるのかもしれない」
「そういうものなのね」
「だが、槍には利点も多い。何よりリーチが長く、素早い突きは相手に見切られにくく、その上柄の長さを活かせば遠心力を活かした強力な攻撃も期待できる」
「なるほどね」
ウィンが納得したように頷いた。すると、そういえば、とキングが思い出したように馬車の屋根を見上げ。
「俺が冒険者に復帰する時、模擬戦で試験することになったんだが、その時相手してもらったハスラーという少年も大した槍使いだったぞ」
「へぇ~キングがそこまで言うなら結構な――」
「ハスラーだと!」
キングとウィンが会話していると、いままで沈黙を保っていた槍持ちの男がカッ! と目を開き、かと思えば馬車の中を移動してキングたちの前にやってきた。
「貴様! ハスラーを知っているのか! 答えろ! 彼奴は今どこにいる!」




