第38話 ウィンの魔法について考える
キングはビルとその悪い仲間たちの手からウィンを救い出した。結果ビルたちは衛兵に連れて行かれ、その罪を裁かれることとなるだろう。結果的にキングの功績がまた一つ増えたこととなったのだが。
「……ふぅ、でも私って駄目だよね。結局あんな連中に騙されて、またミスっちゃった。キングがいなかったら今頃売り飛ばされて奴隷に……やっぱり駄目なのかな?」
「駄目?」
ウィンの口から零れ落ちた言葉に、キングは反応しその言葉を繰り返した。
「魔法が、全く役に立たないこと、本当は自分でもわかっていた。でも、私にはこれしかなくて、弓だって得意じゃないの。エルフだからって弓を勧められるけど、私は村でも不器用な方だったから……」
「ふむ、しかし魔力は多いのだろう?」
「うん、でも、魔力が多くても制御できないと暴走しちゃう。だから、魔法も駄目。あ~あ、もう冒険者も諦めるしかないのかな……」
目を伏せて悲しげに呟く。自嘲まじりの笑顔を浮かべて。冒険者としてやっていけない、ウィンはそう感じていたようだ。
だが、キングの目はそれを否定しており。
「ウィン、これからどうするかは君が決めることだ。だが、一つだけ言わせてもらうなら、諦めたらそこでもう試合は終了なのだぞ?」
「――へ? 試合?」
「うむ、尤もこれは俺が読んだ本の受け売りだが、しかし俺が立ち直るキッカケを作ってくれた本の言葉だ。それをウィン、君に贈ろう」
ウィンは目をパチクリさせた。かと思えば、プッ、と吹き出し。
「はは、キングってすっごいポジティブ。でも、そうか諦めたら終わりか……確かにそうね」
「うむ」
「キュッキュ~!」
「あはっ、ありがとうボール」
キングが頷き、ボールもキングの肩からウィンの肩に飛び移り体を伸ばして頬にスリスリしていた。頑張れ~と励ましているようでありウィンの顔に再び笑顔が戻る。
「とは言え、今のままじゃ駄目なのは確かよね……魔法以外で何か考えないと……」
「その件だが、魔法を諦めなくても、もしかしたらなんとかなるかもしれないぞ」
「え? なんとか、て、私の魔法が使えるってこと?」
「うむ、尤もあくまで可能性の話だが……ギルドでマラドナから聞いたのだが、ようは魔力が多すぎて制御ができないのが原因なのだろう?」
「そうね。私はエルフの中でも特に恵まれた魔力を体に保有していたみたい。でも、それが結果的に魔法の暴走を許している。皮肉な話よね」
うむ、とウィンの話とマラドナの話が重なったことに納得し。
「だが、つまりその魔法が制御できればいいわけだろう?」
「え? そりゃそうだけど……あ! もしかして魔法を制御できる腕輪があるとかそういうこと? さっきの連中にもそれで騙されて隷属の腕輪を付けちゃったんだけど……」
ウィンが眉を落とした。自分の失態を改めて悔いているのだろう。
「ふむ、それに関しては似てるところもあるが魔法の腕輪とは少々違う。それに必ず成功できると保証は出来ないが、やってみる価値はあると思う」
「そんな方法があるの? それなら、試してみたい! 魔法の暴走を止められる可能性があるなら私、何だってやるわ!」
「キュ~キュ~!」
ボールがポンポンっと軽快に飛び跳ねた。その意気その意気! と応援しているようだった。
「そうか、なら先ずは図書館に行こう」
「ふぇ? と、図書館? 図書館に行くの?」
「うむ、ただもうあまり時間がない。閉館まであと2時間ぐらいだからな」
「確かにもう結構な時間だものね。でも、図書館ってことは、何か私の魔法が抑えられるような事が書いてある本があるの?」
「まぁ似たようなものかな。とにかく行こう」
「わ、わかったわ!」
「キュ~」
そしてキングとウィン、そしてボールは図書館に向かった。入り口には柔和な表情を浮かべた館長が立っており。
「館長、まだ大丈夫かな?」
「おお、キングにボールちゃんかい。それに、これはまた随分と綺麗な女の子を連れているね。その耳、エルフだねぇ。これはまた先ずらしいお客さんだ」
「そんな綺麗だなんてぇ~」
ウィンが頬に手を当てて照れていた。エルフが美しいのは周知の事実だが、それでも褒められると嬉しいようだ。
「彼女に本を見せてあげたくてね。それで寄らせてもらったんだ」
「そうだったのかい。勿論閉館まではまだ時間があるからそれまでは好きにしていくといいよ」
「ありがとう館長」
そして図書館の中へと入り、テーブルに腰を掛けた。ウィンはキングの対面側に座ってソワソワしている。
「それで、何を持ってくればいいの? 私探してくる!」
「いや、探す必要はないんだ。既に持っているからな」
「え? 持っているって?」
「ボール、預けてある本の中で――」
「キュ~♪」
キングがボールに出して欲しい本を説明すると、ボールの体内から何冊かの本が飛び出してきて机の上に積み重なった。
「あ! 本だ! ボールちゃんの中にあったということはキングの所有物なの?」
「そうだが、元々はこの図書館にあった本でね。館長が好意で譲ってくれたんだ」
「へぇ~読んでみても?」
「勿論、そのために出したのだからな」
キングが許可を出すと、ウィンはどこかウキウキした様子で本を手に取る。
「それにしても、随分と小さな本よね……紙も上質だし」
第一印象を口にするウィン。確かに異世界の技術で白い紙も一般的になってきてはいるが、それでもこの本までの品質には至っていない。製本技術もまだまだ遠く及ばないのである。
そして、ウィンはペラペラと頁を捲るが。
「わ! 凄い綺麗な画! で、でも、うぅ、文字が読めない……それに、これはどう読んだらいいのよ」
どうやら本、つまるところスポ根漫画なのだが、画が綺麗なことには感動したようだが、文字と読み方に苦戦しているようだ。言語は当然日本語であるし、コマ割りにしても異世界の種族にとっては難易度高めなのである。
「はは、確かに読むのには慣れが必要かもな」
「うん、流石にちょっとむずかしいわね。でも、何か楽しそうなのはわかるわ」
「おおそうか! これの良さがわかるか!」
「え、えぇ、て、随分と嬉しそうね」
ウィンが漫画を褒めるとキングは顔をほころばせた。自分の好きな物を理解して貰えることは嬉しいものなのである。
「でも、これで魔法の制御ができるようになるというのは、ちょっとわからないかしら……」
「あぁ、内容がわからないとどうしてもな。うむ、ならば簡単に説明しよう。先ずその本のタイトルは『テニスの魔王様』と言うのだが」
「て、テニスの魔王様?」
「うむ、そしてその内容だが掻い摘んで話すと――」
そしてキングはウィンに漫画の内容を説明する。テニスの魔王様は文字通りテニスを題材としたスポ根漫画であった。
物語の主人公は元異世界の魔王であったが、異世界で命を落とし、その結果なんと地球の日本に真央というの名の男として転生を果たしてしまう。
真央は暫く過ごす内に日本のことを知り、魔王の人生を捨てて地球の日本人として生きていくことを誓う、のだがしかし、魔王には異世界の膨大な魔力が宿っていた。しかも地球ではどうしてもその魔力が暴走してしまい周りからも不気味がられる始末。結局やさぐれてしまいヤンキーと化した魔王だったがそんなある日テニスと出会い、そしてテニスのラケットを通せば溢れた魔力を抑え制御できることを知る。それが魔王の人生を変え、テニスの世界に飛び込んでいき、その実力からテニスの魔王様と呼ばれる程になっていくと、そんなストーリーであった。
「何だか、地球とか日本とかよくわからないけど、異世界からかつて勇者が来たという話は有名よね」
「うむ、この本はまさにその異世界の勇者が遺していったものなのだ」
「そうなんだ、どうりで変わってると思ったけど、でも、これがどうして私の魔法と関係してるの?」
「気づかないか? その物語の魔王について、もう一度よく考えてみてくれ」
「え? だからその魔王は別な世界に転生したけど魔法が……あ! そうよ、これって私と一緒じゃない! え、てことはもしかして?」
「うむ、そうだウィン、君がテニスをすることで、魔法が制御できるようになるかもしれないと、そう言うことなのだ!」




