第25話 子猫の捜索
「本当にもう、心配で心配で、あぁミーちゃん! 今どこに……」
キングが依頼人の元を訪ねると、待っていましたと言わんばかりの勢いで飛び出し、愛猫について事細かく……恐らくそれほど必要ではないであろう猫との出会いも含めて仔細に話してくれた。
依頼者は四十代後半ぐらいの御婦人だった。身なりは小綺麗で大きな輝石の嵌め込まれた指輪や金と銀で出来た腕輪や首飾りを身に着けている。
羽織っているドレスコートにも高級感があるが、全体的には上手く纏まっており下品な感じはしない。
依頼者の御婦人もそうだが、この辺りは高級感漂う住宅が立ち並ぶ地区でもある。家というより屋敷と言った方がしっくりくる建物が多く、それぞれの間隔も広く取られていて全体的に余裕の感じられる作りでもあった。
こういった住宅地で飼われるような猫だけあって、やはり迷い猫も一般的には高級とされる種類の猫であった。
「つまりこのエンジェルキャットのミカエルちゃん、え~と普段はミーちゃんと?」
「そうなの。もう本当に天使みたいに愛らしい子! 私の宝物よ! それなのにちょっとお外で目を離した隙に消えちゃって……」
エンジェルキャットはふわふわとした白毛と天使の羽のように盛り上がった背中の瘤が特徴の猫である。勿論飛ぶことは出来ないが、そういった特徴が人気の秘密でもあり貴婦人に大人気でもある。
勿論普通に買おうとしても金貨10枚以上は確実な為、そう手が出るものではない。
「それでは探してきます」
「お願いね!」
キングは婦人から情報を手に入れ、早速迷い猫の捜索に当たった。特徴的な猫であり首輪もしているとのことだったので本来は見つけやすい依頼だ。
依頼料も決して安くはないが、ギルドでは不人気である。理由は生きて依頼主の下へ送り届けるのが必須という点がある。逆に言えばもし死んでいた場合、報酬が出ないどころか下手したら責任を取らされ罰金を支払わなければいけないこともある。
それを嫌がり手を付けない冒険者が多いのだ。ただ、キングは依頼者がいる、つまりそれで困っている人がいる以上放ってはおけない質なのである。
「キュ~?」
「うん? あぁ確かにこの街も広いからな。この中で一匹の猫を探すのもなかなかに大変だが……」
しかしキングには一つ気になってることがあった。なのでキングは先ずある知り合いを頼ることにする。
「お、いたいた」
そこは先程までいた高級住宅街とは真逆の、石造りのアパートが立ち並ぶ場所であった。これらのアパートは大体三階から四階建て程度のものが多い。多くは賃貸であり、このあたりは家賃も安いため、ランクの低い冒険者なども住んでいたりする。
「サポッタさんいいかい?」
「あいよ、ってなんだキングじゃねぇか」
キングが会いに行ったのは道端で磨き師をしている男だった。頼まれれば靴は疎か剣や鎧まで何でも磨く。
ただ、その仕事にしてもあくまで表向きのものである。
「随分と久しぶりだな。なんだい遠出の依頼でも請けてたのかい?」
「いや、実は1年ばかし引退しててな。まぁまた復帰したんだが」
「はは、あんたそりゃあ引退っていわねぇよ。そういうのはなちっとばかし長めな休業って言うのさ」
「はは、違いない」
あっけらかんと答える彼に靴を見せ頼むとお願いした。
「はいよ、てか、随分と変わった靴だねこりゃ?」
「スポーツシューズというものに似せて作ってもらったものでね」
「スポーツシューズ? 聞いたことがない靴だねぇ」
紐付きのキングの靴を磨きながら、サポッタが不思議そうに口にする。この世界ではスポーツというものも広まっていないのでいまいちニュアンスが伝わりにくいのだろう。
「この靴だと球が蹴りやすいんだ」
「え? 玉を蹴っちゃうのかい。ブルル、それは恐ろしいな。あんたみたいな冒険者に蹴られたらと思うと思わず縮み上がりそうになるよ」
「そうかい?」
「そりゃそうさ。やられる方もたまったもんじゃないだろうねぇ」
「あぁ、そういうことか。だけどそんなこともなくてね、お互い信頼しあっているからこそ俺も気持ちよく球が蹴れるのさ」
「し、信頼して、気持ちよく、玉を蹴るのかい? 驚いたねぇ……あんたいつの間にそんな趣味を?」
「趣味、ふむそう言われてみれば趣味みたいなものかもな。そうだな1年近く山ごもりして鍛え上げたからね」
「うひぃ、そ、それはまた偉くマニアックな……」
「マニアック?」
キングはその意味が理解できず首を傾げた。サポッタはサポッタで苦笑気味に靴を磨いていたが。
「まぁ人の趣味にとやかく言うつもりはないけどね。で、その話はおいておくとして当然本題があるんだろう?」
キングを見上げサポッタが問いかけてきた。それにキングが軽くうなずき。
「あぁ、情報が一つ欲しいんだ。実は子猫を探していてね」
靴を磨いて貰いつつ、囁くようにして話を切り出した。そう、この男サポッタは表から裏まで様々な情報を扱う情報屋なのである。
「猫~? なんだいあんたまた随分としみったれた仕事してるもんだなぁ。それは新人冒険者あたりがやるもんだろ?」
「はは、まぁ今の俺はその新人冒険者みたいなものなのさ」
「ふ~ん、わけありってことかい。まぁ、確かに最近スライムを連れた冒険者がF級冒険者として復帰したって話は耳にしたけどよ」
そう言ってニヤリと笑う。俺をからかってるな? とキングも苦笑で返した。
「恐れ入ったよ。全く人の悪い。まぁそれでだ、この猫、エンジェルキャットという高級猫なんだが、首輪をしていた筈なのにまだ見つかってないのさ」
「へぇ、そりゃ確かに妙だな。首輪の種類にもよるが、それだけの猫なら首輪だって魔法の掛かったしろもんだろう。だったら町からは出れないようされてるはずだし、全く見つからないってのもな」
首輪をした高級猫は目立つので、何かしら発見情報があってもおかしくはない。
「依頼者は外でちょっと目を離した隙にいなくなったと言っていた。それから全く見つかってないのが気になる。それで貴方なら何かわかるんじゃないかって」
「なるほどな。それなら確かに一つ心当たりがあるが……」
サポッタはそこで口を閉じ、せびるような目をキングに向けた。
「あぁ、勿論わかってる。これで頼むよ」
「へへ、毎度あり」
なのでキングは彼に予め用意しておいた銀貨を10枚手渡した。それを嬉しそうに受け取ると。
「商業区の西側――の路地裏の先にあるペットショップに行ってみるといい。あそこはなかなか臭い店って噂があるからな」
「……なるほど、わかった行ってみよう。ありがとう」
「いいってことよ。こっちも商売だしな、また頼むよ」
そしてキングはその足で情報にあった店に向かった。
店は確かに表通りから路地裏に入り、抜けた先にあった。あまり目立たない場所に鎮座しておりかなり違和感がある。本来ならもっとひと目につきやすい表通りに面していたほうが当然見に来る人も増える。
キングとボールは店に入ってみることにした。中には鳥や猫や犬、それに兎や猪の子どもなどもいた。
それぞれの動物が狭隘なゲージの中に窮屈そうに閉じ込められている。キングが入っても一匹たりとも鳴き声を上げることがなかった。丸く縮こまり一様に怯えた目をしている。
「いらっしゃいませ。おや、初めての方ですね、誰かの紹介ですかな?」
「いや、そういうわけじゃない。たまたま立ち寄ったからな」
キングがそう答えると訝しげな目を男は向けてきた。こんな目立たない場所にある店にたまたま立ち寄るなどありえないと勘ぐった目だ。
「それはそれは、何かお探しでしょうか? ですがここは紹介のあった方のみにペットを販売してまして」
「探してはいるな。うむ、丁度このゲージの中で悲しそうな顔をしているエンジェルキャットのような猫を探していたのだ」
「……それはお目が高い。ですが、本来ならばここはご紹介のあった方にのみお譲りしておりまして、ただ条件さえ呑んでいただければ、販売できなくもないですが」
キングがペットに興味あると感じ取ったのか、商売の話に切り替えてきた。なので一応は話を聞く体を見せる。
「条件というのは?」
「はい、先ず当店の会員になっていただくこと。そしてうちのことはお客様になってくれる方以外には決して話さないこと。勿論書類上の手続きもございますが、それさえ守っていただければここにある物は全て、他所で買うよりも大変リーズナブルなお値段でお買い求めできます」
胡散臭そうな笑顔を見せつつ、男が言った。
「なるほど、例えばこのエンジェルキャットで幾らなのかな?」
「はい、そちらであればなんと金貨5枚でお譲りすることが可能です」
「金貨5枚? 普通なら金貨10枚はするだろう?」
「はいはい、ですがうちは特別なルートで仕入れしておりますので、まさに会員限定の特別価格でご奉仕させて頂いております。尤も会員になるために年会費で金貨1枚を頂いておりますが、それをあわせても相場よりお安くお買い上げ頂けます」
ふむ、とキングは顎を引く。そして――目つきを鋭くさせて問いかけた。
「ところで、聞きたいことはまだあるのだが」
「はい、なんでしょうか?」
「実は探しているというのは迷い猫探しの依頼があったからでな。その猫にここにいる子猫が大変似ているのだ。これがどういうことか説明してもらえるかな?」
キングがそう問いかけると、男の眉がピクリと動いた。
「……迷い猫探しだと? あんたまさか、冒険者か何かかい?」
「まぁそうとも言うな」
「――帰りな」
「何だと?」
「帰れと言ってんだこのすっとこどっこい! うちは冒険者なんかがお気楽に買えるような経営をしてないんだよ! とっとと出てけ!」
偉い剣幕で怒鳴り散らす男だが、キングは忽然とした態度で話を続けた。
「質問の答えになってないぞ。この猫をどうしたのかと聞いているんだ」
「はん、なんだい因縁つけに来たのかい? 大体似てる猫なんざどこにでも転がってるだろ。そんなことで疑われちゃたまったもんじゃないぜ」
「この子猫の首に傷がある。これは首輪を無理やり外した時なんかにつくような傷だ。依頼主はしっかり首輪をしていたというしな」
「ふ、ふん! 傷なんて自然につくことだってある! 何の証拠にもなりやしないさ」
「残念だがそうはいかない。依頼主がこの猫につけていた首輪には魔法が施されていた。例え無理やり外したとしてもその痕跡は残る。調べさえすれば一発だな」
店主と思われる男の目に焦りの感情が宿り始める。
「そもそもこの店は商業ギルドの認可を受けているのか? 見たところ他の動物への扱いにも愛情が感じられない。怪我をしている動物も多い。今すぐにでもギルドに報告して調査に乗り出して貰ってもいいんだぞ?」
更に続けるキングに、男の表情が変わった。苦々しげにキングを睨み。
「……チッ、冒険者が調子に乗りやがって。だが、いらぬ詮索だったな。頼むぞお前たち!」
そして男がその場で誰かに向かって呼びかけると店の奥からゾロゾロと屈強な男たちが姿を見せた――
その頃の冒険者ギルド
「な、し、知りませんよ、なんですかそれ!」
「ですから、こちらに所属しているキンタ○コンビというのが街中の溝を綺麗にした上、モンスターの驚異を取り除いてくれたと情報が――」
「そ、そんなコンビ知りません!」
そんなやり取りが偉い人とダーテとの間であったわけだが、彼女も後にキングとボールのことだと気づくことになるのだった。




