第15話 久しぶりに冒険者ギルドへ
前回のあらすじ
受付嬢お悩み中。
「いよいよか……」
「キュゥ~……」
キングは図書館を出た後、その足で冒険者ギルドまでやってきた。赤煉瓦造りの外観は以前と何ら変わらなく、地図と宝と竜の刻まれた木の看板が建物の目立つところに掛けられていた。
久しぶりのギルドだけに、キングもどことなく緊張していた。そして何故かボールも緊張しているような空気を発してみせた。尤もボールに関してはキングの顔を見て、なんとなくそんな態度を取っただけという風にもとれるが。
「よし、行くかボール」
「キュッ!」
覚悟を決めたキングに倣うように真剣な様子で鳴くボール。喉を鳴らし、キングはドアに掛けた手に力を込めて、久方ぶりのギルドに足を踏み入れた。
中に入ると懐かしい冒険者の集まる匂いが鼻腔をつく。ギルド内には正面に受付カウンター。向かって右奥に二階に上がる階段が見える。右手側には何脚かのテーブルが置かれており、そこでは自由に休んだり歓談したりも可能だ。
尤も請け負った依頼についてパーティーメンバーで打ち合わせをしたりするケースも多い。
左側には掲示板が設置されており、様々な依頼書が貼られている。この依頼書も朝には掲示板一杯に貼られていることが多いが、今は空いてるスペースが目立っている。
受付が殺到する朝のラッシュは過ぎてしまっている為だろう。殆どの依頼は受注された後ということだ。
キングがギルドに入ると何人かの冒険者の視線が彼に注がれる。肩に乗っているスライムに少しは驚いた者もいたようだが、テイマーか……と呟き、すぐに興味なさげに視線が戻された。もしここに知りあいでもいたなら驚いて声を掛けて来たかも知れないが、今この場にキングを知る冒険者はいなかった。
引退する前はキングを知るものはわりと多かった。だがあれから1年経っている。たかが1年で何が変わるかと思うものもいるかもしれないが、冒険者というのはこれで意外と入れ替わりが激しい。
特に冬を越えるとそれが顕著だ。冬の間は冒険者としての活動を控える者が多く、そしてゆっくり休み色々と考えている内に、拠点を変えてみようか少し遠出をしてみようか、またはもう辞めようかなどと考える者も少なくないからだ。ダンジョンのある場所を次から次に移動して回っているような冒険者もいる。冒険者としての活動方法も千差万別だ。それだけ冒険者は自由だということでもある。
それに――当然だが命を失う者も多い。一攫千金や後の英雄を夢見て冒険者として登録する者は後を絶たないが志半ばで死んでしまう者も同じぐらい多いのだ。
昨日知り合い、意気投合した冒険者が翌日には死んでいたなどという冗談のような話が普通にありえるのが冒険者なのである。
とは言え、今に至っては下手な知りあいがいなくて良かったかも知れないとキングは思った。やはり一度は引退しておきながら復帰しに戻って来たということに若干の気恥ずかしさがあったからだ。
勿論、今更冒険者として復帰したいなどと戻ってきた以上、恥知らずと呼ばれる覚悟もなかったと言えば嘘になるが、それはそれこれはこれである。
「キュッキュッ?」
「あぁ、ここで冒険者になりたいものは先ず登録するんだ」
ボールが体を捻るようにして問いかけてきた。流石に1年も一緒にいるとボールが何を言っているかキングにも理解できるようになってきた。
そしてキングは視線を受付窓口に移した。向かって右側の席に、見知った顔があった。ダーテであった。この町を拠点に活動していた際には最も世話になっていた受付譲とも言える。
キングが追放を宣告され引退を余儀なくされた時も、彼女は随分と庇い引き止めてくれた。にも関わらずキングは諦めたようにそれを受け入れ、ギルドから立ち去ってしまった。
今思えば随分と恩知らずな真似をしてしまったかもしれない。ダーテにも一言謝った方がいいだろうとキングは考える。復帰の件にしても彼女を通した方がもしかしたら話が早いかも知れない、がしかし今ダーテは他の冒険者相手に応対をしていた。
それを邪魔するわけにもいかず、そして他の受付は空いている。この状況でわざわざダーテが空くのを待つのも不自然だろう。
なのでキングは空いている受付嬢へと足を進めた。その間にダーテは奥へと引っ込んでいく。依頼達成か素材買い取りの為の処理にでも向かったのだろう。
「いいかな?」
「はい、本日のご用件はなんでしょうか?」
青髪の少女がニコニコと笑顔で接してくれた。こういった笑顔はよく男の新人冒険者を勘違いさせるがあくまで営業スマイルである。
「実は冒険者としてまた活動したいと思って」
「はい、ご登録希望ですね。ではギルドについてご説明申し上げます。冒険者ギルドという組織は――」
すると少女は突如冒険者ギルドについて語り始めた。冒険者のランクはF級から始まり、特例を除けば最高はS級であること。
国や民間から依頼を請け負いそれを登録している冒険者に斡旋していること。またモンスターの素材の買い取りを行ったりしていること。冒険者同士のいざこざには関与しないが、故意に怪我を負わせたり殺したりといった行為は禁止なこと。
その他に依頼についての守秘義務や、犯罪行為は処罰の対象などをつらつらと言葉にし並べていく。だが、当然キングはそのようなルールは全て熟知していた。
「と、大体こんな感じなのですが、ここまでで何か質問はございますか?」
「あ、いや、その折角説明してくれたというのに申し訳ないのだが、それは全て知っているんだ」
「え! そうなんですか? 勉強熱心なんですね」
「勉強というか、前にやっていたからな。それでまた冒険者としてやっていければと思いきたわけだが」
「はい、つまり新規登録ということで宜しいのですね?」
「いや、新規というか……実は一度冒険者を辞めていてね。だけど思うところがあって冒険者稼業を再開させようと思ったわけだが」
「キュ~」
「はぁ……てか、何でスライム?」
ボールが鳴くと彼女の視線がキングの肩に向けられ、そこでようやくボールに気がついたようだ。
「キングさん!」
その時だった、ギルド中に響くような大きな声が彼の耳に届く。キングが顔を向けると、先程奥に引っ込んでいたダーテが足早に近づいてきた。
「あぁ、やっぱりキングさんだ……間違い、ないのね」
「あぁ、恥ずかしながら……また舞い戻ってきてしまった。以前は、色々とお世話になっておきながら申し訳なかった」
「キュッ!」
キングが頭を下げると、それを真似るようにボールもペコリと頭を下げるよう動きを見せた。それを見ていた青髪の受付嬢の唇がぴくぴくと震えており、瞳もキラキラしていた。そしてダーテは首を左右に振り。
「キングさんが謝る必要なんてないのです。悪いのはギルドマスターなんだから。むしろ謝罪を求めるべきです!」
「ははっ……」
拳を握りしめ憤慨するダーテの姿に苦笑するキング。だがすぐにほほ笑みを浮かべ。
「でも、話は聞こえてきたのだけど、キングさん、冒険者に復帰されるのですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「それなら、レナ、ここからは変わるわ」
「え、でも……」
「キングさんは少し事情があって、私の方がスムーズに進むと思うの」
どうやら手続きはダーテが引き継いでくれるようだが、キングは少し気になることがあった。
「だが、今君は別な対応をしていたのでは?」
そう。ダーテは隣で他の冒険者の応対中だったのである。
「ハスラーくんの方は、そうね後は報酬の支払いと書類処理だけだし、そっちはレナ変わってもらってもいい?」
「え? いいのですか?」
「むしろその方がいいと思うの」
「わ、わかりました!」
そしてレナと呼ばれた青髪の受付嬢は席を譲り、ダーテが相手していたハスラーの担当を引き継いだ。
キングとしては申し訳ない気持ちだったが、受付嬢でも得手不得手があったり、案件によっては変わったほうが良いという場合も確かに良くある話だ。そういう時に受付嬢同士が交代するというのは珍しくもない。
なのでキングがそれに口出しすることはなかった。ただ、隣から発せられる突き刺さるような視線がつきまとうことにはなったのだが――