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幕間前編

前回のあらすじ

重たいゴンダーラ

 冒険者ギルドのドアが開き、真っ白い外套に包まれた人物が入ってくる。季節は冬で外では深々と雪が降り続いていた。


 彼は外套の雪を外で払い、建物の中に入ってくる。膝下まで覆うようなロングブーツの靴底に詰まった雪で床に跡が残った。だがこれは他の冒険者にしても一緒なので、ところどころ雪の跡が見えている。


 これは後の掃除が大変だななどと思いつつ、男は受付に向けて口を開いた。


「今戻った。ふぅ、しかし雪も降ってきたし外も真っ白だ。流石に大分冷えてきてるな。温まりたいからちょっとお茶を淹れてくれないか?」


 外から戻った男、冒険者ギルドのマスターたるマラドナは、丁度目についた受付嬢にお茶をお願いした。だが、そんなマラドナをジト目で見たかと思えば。まるで聞いていないかのように書類に手を付け始める。


「おい、お茶……」

「見ての通り今仕事中です。お茶ぐらいご自分で淹れたらいいじゃないですか」


 お茶の催促をするマラドナだが、けんもほろろといった様子で全く動こうとしない。マラドナは眉を顰めるが、彼女が怒っている理由も実はよくわかっている。


「……まだ根に持ってるのかよ」


 ツーンっとそっぽを向かれた。胸元の名札にはダーテと書かれている。ダーテが不機嫌な理由は明白だった。彼女はキングを引退させ追放したことに納得していないのだ。


 実際キングが冒険者を辞めた後、彼女は直接マラドナに直談判し猛抗議してきた。それに対してマスターのマラドナはもう決まったことだ、本人も納得していると返し取り合うことはなかった。


 実際間もなくしてキングが町を出たことも知った。冒険者を辞めて町には居づらくなったのかもしれないとマラドナは考えたが、こうなった以上ダーテも諦める他ないだろうし、時間が経てば気持ちの整理もつくだろうと考えたりもした。


 だが、キングがいなくなってもうすぐ半年が経つというのに未だこの調子だ。


「お前、そんなにキングの事が好きだったのかよ……」

「な! か、勘違いしないでください! 私は受付嬢としてキングさんを尊敬していただけです!」


 頬を朱色に染めているのが焦りからなのか怒りなのか判断出来ないが、ただ、確かにダーテはキングを評価していた。


 冒険者としての腕を買っていたのは確かだろう。男としてに関しては既にキングは結婚していたし、気持ちがあったとしても口には決して出さなかっただろうが。


 尤もそれも今となっては関係ないか、とマラドナは頬を掻いた。キングが元受付嬢の妻に捨てられたという話は冒険者の間でわりとすぐに広まったからだ。


 ダーテはそのことも気にしているようだったが。同時に同じ受付嬢としてキングの気持ちを裏切った元妻を許せないという思いもあるかもしれない。


 仕方がないのでマラドナは自分で紅茶を淹れ、戸棚にあった焼き菓子を持って私室に戻った。


 ギルド職員が普段使っている椅子よりは高級そうな革製の椅子に腰掛ける。焼き菓子をポリポリと食べ、紅茶を啜りながらギルドマスターが集った会議の資料に目を通した。


 ギルドマスターという存在は主要な町の冒険者ギルドには必ず一人置かれることとなる。そして冒険者ギルドというのは全体で見ればかなり巨大な組織だ。そのため、各地域ごとにギルドマスターが集まりこれまでの業務内容を報告し合う会議というのが定期的に行われる。


 正直言えばマラドナはこの手の会議が苦手なのだが、ギルドマスターとなった以上、これは義務であり仕方のないことであった。


 そしてマラドナは会議で議題に上がっていた内容を纏めた資料を再度眺めている。


「ここ最近、普段は見られないようなモンスターが突発的に出現するケースが増えてるんだったな……しかも大体高ランクのモンスターらしいし、こういうのは厄介なんだよな……」


 独りごち、ふとキングが引退したきっかけの依頼を思い出す。あの時もキングがパーティーを組んだ冒険者に責められる要因になったのが依頼とは関係ないモンスターとの遭遇だった。


 だが遭遇したハイアールドラゴンは彼らが遭遇した地域では普通は見られないものだった。議題に上がっていたケースにもよく似ていると言えるだろう。


 記録ではハイアールドラゴンを見つけ、キングが自分ならやれると豪語したので挑むことにしたとある。尤もこれはリーダーであるビルのみの発言で他のメンバーにはキングを擁護するものもいた。


 ただこういったパーティーからの報告はリーダーの発言が優先される。そうでなければリーダーの意味がないからだ。だからキングの扱いはジムの報告通り、彼の発言がきっかけでパーティーは無理を強いられることとなったという形で纏められることとなってしまった。


 勿論これにもダーテは抗議してきたが当の本人が自分の責任だと納得してしまっている。ここで反論があったならまた違うのだがこうなっては報告上では仕方ないのである。


 勿論マラドナも本心ではキングがそんな無茶な真似をするわけがないと信じていたが――今回の件が彼に引退を迫るいい機会だと思ったのも事実であった。


 ギルドマスターのマラドナはキングの実力を認めていた。マラドナがまだSランクの冒険者をしていたころからキングのことを知っていた。

 

 マラドナからみても彼のレベルアップの早さには眼を見張るものがあった。だが、キングがただレベルが上がるのが早いだけの冒険者だったならそこまで評価はしなかったであろう。


 だが、キングの凄さは自身の成長の速さに慢心することもなく、日々努力を重ねていた点だ。


 特に冒険者というのは勉強が苦手だ。首から上より首から下で考えるのが冒険者というものだなどと揶揄されることもある。勿論魔法使いなどとなればまた違うが、基本冒険者は戦士系が多く脳筋と呼ばれるタイプが殆どだ。


 だが、そんな中においてキングはとても勉強熱心であった。本人曰く元々本を読むのが好きだったとのことだが、依頼前に図書館にこもりその地方の地形を把握したり出てくるモンスターの種類や弱点を調べ上げたりなど、依頼に真摯に向き合い、そのための調査にも余念がなかった。


 だからこそキングという冒険者は実力以上の結果を伴うことが多かった。それに彼は出来ることは全てやってみるというタイプの男でもあった。


 他の冒険者が嫌がるような新人研修も引き受けてくれたし後輩冒険者の面倒見も良かった。そんなキングだからこそ彼を慕う声も多かった。


 キングが冒険者を引退したという話が広まってからは実際他の冒険者の問い合わせが殺到した程だ。その光景に、ほらみたことか、といった顔を見せるダーテに苦笑したりもした。


 だが、いやだからこそ、マラドナは苦しかったのだ。ある年齢を過ぎてからのキングの衰えを彼は見ていられなかった。見るに耐えなかった。

 

 僅か25歳でレベル50という大台に乗ったキングが、年齢が30を過ぎた辺りでレベルは35にまで下がっていた。キングはこの時点で当時参加していたA級冒険者パーティーから戦力外通告をされてしまっていた。いわゆる追放だ。しかもキングのレベルの低下はとどまることは知らずそれからも更に二回追放されていた。


 その度にマラドナは胸が苦しくなる思いだった。キングは頑張っていた。レベルが下るからと諦めることなく、勉強も自主的なトレーニングも欠かさず行っていたと思う。


 だが、それでも抗いきれず――32を迎えたキングのレベルは既に20にまで下がってしまっていたのだ。このまま行けば恐らく後数年も経てばレベルは一桁まで落ち込んでしまうだろう。


 潮時だと思った。ダーテは納得していないようだったがそれもまだそれなりに高いレベルであったからだ。他の冒険者が擁護するのもまだキングが戦えると信じていたからだ。


 だが現実は甘くない。そしてなんだかんだ言っても冒険者は実力が物を言う世界だ。あのままキングが冒険者を続けていたとしても、きっと評価が上がることはない。むしろ下がる一方だ。そうなったらどうなるか。


「見たかよあのキング、当時はレベル50まで上がって期待されていたのに、今じゃゴブリン一匹狩るのにも一苦労だってよ」

「ショックだよな。俺も以前はあの人に憧れたものなのに、今じゃ見る影もないぜ」

「全くあんな状態になってまで冒険者にしがみつくなんて、却って哀れなもんだね」

「本当、人間あぁはなりたくないよな」

「キングさん、幻滅、こんな落ちぶれた姿、見たくはなかった――」


 そんな風に冒険者や受付嬢に囁かれ惨めな思いをする光景が目に浮かぶようだった。そしてそんな哀れみを受けるような冒険者でいて欲しくなかった。だから心を鬼にして追放したのだ。


 勿論それである程度非難を受けることも覚悟の上だった。自分が悪者になるだけでキングの落ちぶれた姿を見れずに済むのであれば安い話だった――

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