武本の呪い
「あの、いまの、今の可愛い子をクロって?クロトですか?あの武本、だったのですか?」
俺はちゃぶ台の前に座らせた馬鹿に呆れて振り返った。
「十一月にお前が我が家を襲撃した時に会っただろう。大体お前等、俺の所に武本がいるからと突撃して来たのではないか?」
「あの時って、ええ?覚えてないです。俺達は近所の怖いばあさんに囲まれて正座させられていたし。それに、寝巻き姿の今のあの子は女の子にしか。あ、性転換をしたのですか?あいつ、おかまに?」
俺は急に玄人をこの笹原から隠さねばならない気持ちになった。
気持ちではなく確信か。
武本玄人を笹原が特定出来なければ、今後この男が玄人を襲う事は出来ないのだ。
そこで、拉致事件から床屋に行けてない玄人の髪がかなり伸びており、女性のショートヘアの長さになっていたと思い当たり、笹原をごまかせるか試す事にした。
「武本家は親族だけは多いぞ。あいつとは武本の親族の紹介で知り合った。お前ら、あの時、武本の従妹がどうしたらと叫んでいなかったか?」
「でも、クロって。女の子にクロって。」
「愛称だよ。クロ猫みたいに可愛いだろうが。」
「あぁ、それじゃああの子が今井の惚れていたっていう美女か。俺があいつを虐めていたって知っている?うそ。どうしよう。あんなに可愛い子なのに。俺は、どうしよう。」
俺は大きく溜息をついて、どんっとちゃぶ台を叩いた。
「それはもういいから続きを話せ。あれは俺の物なんだから、お前には一生関係ないだろうが。忘れろ。」
「え、だって年齢差は。まだ十代でしょう、あの子は。」
「年齢差がどうした。男は甲斐性だろうが。」
目の前の男は見るからに失恋の痛手を目に浮かべたが、それでも自らの生命の危機を思い出し、俺におもねるような上目遣いを使い始めた。
「それで、武本の名前を出さないで、ですか?」
「武本は出したかったら構わないぞ。お前の語り易いヤツで武本玄人に何をした人物か分かるように言え。あいつの言うとおり死因と原因を探りたいからな。」
笹原は下を向き、再び語り始めた。
「次は金田覚です。自宅が全焼して焼け死にました。彼は武本のランドセルを焼却炉に入れた犯人です。その次が藤井龍で、中学校の階段から落ちて、足の骨折だけだったのに病院で亡くなりました。彼は武本を何度も階段から突き飛ばして、階段から落ちては泣く武本を囃し立てていたヤツです。」
「お前は何をしたんだよ。」
殺意を纏って現れた男が、居間の襖を開けるなり吼えたのだ。
「山口、お前もクロの所に戻れ。邪魔だ。」
「いや、俺だって聞きますよ。クロトの。」
「うるせぇ。クロトが心配ならクロの傍に行ってろ。今のお前は邪魔なんだよ。こいつの始末はお前にまかせてやるから。行ってろ。」
俺は立ち上がると山口を居間に入らせずに、廊下へと追い立てて襖を閉めた。
数秒後に山口が二階に上がる音を聞き、そして、俺は座り直し、怯えている笹原に再び向かった。
「ほら、続きだ。」
「始末って、俺始末されるんですか?ごめんなさい。勘弁してください。おれ。」
「うるせぇ。さっさと話せつってんだ。死にたくねぇんだろ。」
おれの一喝にビクッと体を縮こませると、そのまま笹原は泣き出し、しかし泣きながらも自分の生き残る道だと考えているのか、話し始めたのである。
「高校時代に松崎美喜と鈴木麗子が交通事故です。泥酔して道で寝ているところを轢き逃げされて。松崎も鈴木も即死だったって。」
「女の子の死因は関係無いのではないのか?」
「あの二人が武本の給食に虫を入れてたんです。武本は虫が大嫌いだからって。」
「異物混入と飲酒は関係ないだろ。」
「見つかった時の二人の口の中は、ゴキブリで溢れていたって。」
俺は大きく舌打をした。
想像してしまった自分を許せなかったのだ。
俺は人一倍繊細な男である。
しかし、俺の舌打ちで笹原は再び体を強張らせ、口をギュッと閉じてしまった。
「それで?」
面倒だと思いながら促した俺の声に、笹原は再びビクリと怯え、おどおどと口を開いた。
「……それで、奥田が轢き逃げ犯人だって。彼は彼女達の葬式の後に警察に捕まって、振り払って歩道橋から飛び降りて亡くなったって聞きました。」
それは自業自得で武本の呪い関係ないだろ?と心の中で突っ込みながら、声も出すのも面倒だと顎をしゃくってで先を促した。
「おくだ、奥田勇は早川萌ちゃんのことが大好きで、でも萌ちゃんは武本のことしか好きじゃないまま四年生になってすぐに引っ越しちゃって。手紙を貰ったのも武本だけだったって、最初に武本を殴った奴なんです。」
小学校時代の玄人は人形のような美少年だったのだ。
仕方がないだろう。
乱暴な男の子よりもおとなしい男の子の方が女の子にはモテて、おまけに金持ちの美少年だ、満貫だ。
あんな性格の玄人には不幸なだけだっただろうが。
俺は哀れなあいつに溜息を吐いていた。