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大学の研究室にて

「お仕事中に申し訳ありません。」


 楊が懐かしいと思いながら研究室に一歩踏み入れ、懐かしさは無かったと一瞬で頭の中を訂正させた。

 本棚が専門書や資料その他でぎっしりで雑然としている様は楊がゼミ生であった大学時代の法学部の教授室と同じであるが、そこには無かった品々で飾られたとても色彩鮮やかな部屋でもあったのだ。


 この研究室の準教授の専門がアメリカ先住民族の文化であるためか、そこかしこに遺跡や発掘作業の場面、または先住民の人々の大きな写真パネルが飾られ、パネルの合間には民芸品のベルトやネックレス、そして頭飾りなどが土産物屋のように展示してある。

 そして、鍵のついたガラス戸のある棚の中には、大き目の不思議なこけしがずらりと並んでいた。


 大きさは生まれたての赤ん坊サイズ位のものである。

 カラフルにペイントされて鳥の羽で装飾されたそのこけし達は、同じサイズで同じ製作者でありながら一つとして同じ姿は無い。

 全てユーモラスで子供が描いた絵のような無邪気な表情を、おそらく悪魔的な精霊であっても、していた。

 部屋の主に挨拶をする事も忘れてこけしに魅入っている楊に、心地良い低い笑い声が出迎えた。


「お恥ずかしい。それは僕が見よう見真似で作ったものです。」


 眉毛と睫毛の華々しさ、そして透けるような色白の肌に彫の深い顔立ちという、一目で東北出身だとわかる渋く見栄えの良い中年男性である。

 但し、東北人にしては小柄過ぎる体格であったが。


「楊さん。息子の事ではいつもお世話になっております。」


 気さくさと人好きのする笑顔で出迎えた男は、アメリカ文化史の準教授の武本たけもとはやとである。

 つまり、武本の父親だ。

 隼にいつも感じる印象が、武本と百目鬼の「暗くて偏屈」だという評価と正反対だと心の中で苦笑しながら、楊は隼へと頭を下げた。


「いえいえこちらこそ。それで、このカラフルでユーモラスな木彫り人形は一体何なのでしょうか。」


「これはカチーナと言うのですよ。ホピ族の精霊を模した人形ですね。」


「あぁ、玄人君が言っていた、ホピの預言のホピですね。」


「あれが?思い出したのですか?」


「僕には判りません。けれど、あの子はネイティブインディアンの意匠が好きですね。カチーナが欲しいって何の事か判りませんでしたが、コレでしたか。確かにユーモラスで面白いですね。」


 楊の言葉を聞くや否や武本隼は棚に行き、ガラス戸を開けると中の一体を取り出した。

 彼が取り出したものは、頭に先の丸まった針金のような二本の角が生え、黄色く全身を塗られた裸の腰に白黒の布を巻いただけの、他のカチーナと比べると一番質素な外見の人形である。

 ただし、顔が埴輪のように素朴で、楊が一番可愛いと感じた人形でもあった。


 その隼の突然の動きに楊が目を丸くしながら、自分の言葉であの見事なカチーナが破壊されるのかもと身構えた。

 けれども床に打ち付けるどころか、カチーナを抱いたまま隼の動きが止まってしまったのだ。

 カチーナを抱く手は、まるで大事な赤ん坊をあやしているようでもある。


「どうか、されましたか?」


 カチーナを抱いた後ろ向きの男は、楊から背中を向けたままポツリと答えた。


「あの子は生贄なんですよ。」


「生贄?」


「武本には五十年の呪いがあります。当主がみんな五十代で死ぬのです。」


「あなたのお父上は六十三歳ではないですか。それでも早いと思いますけどね。」


 ようやく振り向いた男は首を振りながら無言で戻ってくると、楊に応接セットのソファに座るように片手で示した。


「どうぞ。」

「え、どうも。」


 隼は楊が座ると楊の向かいの椅子にカチーナを置き、部屋の奥の小型冷蔵庫の方へと歩いていった。


「あ、お構いなく。それから私の訪問は非公式な、玄人君の友人としてですから。」


 しかし、楊の言葉を完全に無視をして冷蔵庫から缶ジュースを取り出して彼は戻ってきたが、彼の手にあるのは珈琲でもジュースでもなく、紅茶の缶であった。

 楊はその手の中の缶を見ながら、武本が紅茶好きなのは父親を求めていたからなのかと、あそこまで百目鬼に縋るのはそのせいなのかと悲しい気持ちが押し寄せていた。


「すいません。これしかなくて。烏龍茶や珈琲もあったのですが、ゼミ生達に飲まれてしまったみたいですね。」


「いいえ。喜んで頂きます。」


 隼の言葉に気持ちが緩んだ楊は、両手を差し出して隼から小型の缶を受け取った。

 そして、楊に缶を渡した男はそのままカチーナが座る隣に腰掛け、自分が持って来た缶をテーブルに置いただけで飲みもせずに黙り込んだ。


「どうかされましたか?それで、玄人君が生贄って話をお聞かせ願いたいのですが。もし良かったら、でもなく、個人的には力技を使っても知りたいですね。」


 楊は出きうる限りの無邪気な微笑を顔に浮かべた。

 しかしこれは、葉山に脅迫だと罵られた事もある笑顔でもある。

 楊は絶対に武本のために真実を知るつもりであったのだ。

 そんな楊の暗の脅しを受け取ったか、隼は大きく息を吐くと、楊を見つめ返した。


「……絶対に他言無用でお願いします。母から百目鬼さんとあなたはご親友だと伺っていますから。特に百目鬼さんには。玄人が知ったらあの子が死ぬ。」

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