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墓暴き

 玄人の髙とのドライブについて口を割ったのは山口だ。

 割らせたが正しいが。


「時々あるのですよ。死ねない人間事件がね。その場合秘密の場所に移送しますが、移送中に最後に会いたい人との同乗を許してもらえるのです。」


 山口の語る非常識な荒唐無稽に、彼の口を割らせた自分を罵りながら、それでも俺は彼に先を促していた。


「連れて行かれた奴はどうなるんだ?」


「死体ですから、未来永劫霊廟の中です。」


 山口は玄人の見たものが玄人の手を握ると見えるのだそうだ。

 それでずっと病室で玄人の手を握って彼を慰めていたのだという。


 あれは君のせいではないと。


 あいつらはやっぱり理解できない。


 そして理解できない玄人は、やはり理解できない仕事をする羽目になっている。

 松野葉子の夫の骨を共同墓地から探し出すのだ。

 共同墓地といっても身寄りのない警察関係者が弔われている慰霊碑のような墓で、墓の下は骨壷ではなく骨そのものがばら撒かれて混ざり合っている状態だ。見分ける事など不可能なのは明白だが、それでも玄人と葉子は出来ると思い込んでいる。


 葉子の娘婿である金虫眞澄警視長は義母の為に墓暴きを手配して、妻と娘と一緒に立ち会っていた。

 玄人と葉子を遠巻きに見守る彼らの中に婿予定の楊も混じっており、この場にふさわしい神妙な顔で彼は婚約者を腕にぶら下げた姿で立っていた。しかし楊が見つめているのは玄人達ではなく、俺をである。その目線に楊がヘルプと心の叫びを俺に上げているような気もしたが、自分には共感力が無いのだからそれは錯覚だろうと無視をした。


 俺は玄人の世話だけで大変なのだ。


「私は手を突っ込むだけでいいのね。」


「はい。突っ込むだけでいいです。ですが、葉子さんの中で雅敏まさとしさんに沢山質問してください。彼しか答えられない事を。」


「何も考えてなかったわよ。どうして言わないの!このおばか!」


 いつもの葉子だ。ここに来て玄人を叱っている。


「だって、事前に考えていたら、雅敏さんにくっ付きたい人達にバレてしまいます。そうしたら雅敏さんがその人達を振り払えません。」


「あぁ、そういうこと。」


「すいません。お早くお願いします。納骨の方がおりますので。」


 二人の会話に違和感を感じている感を滲ませた職員が、恐る恐ると葉子に声を掛けた。


「煩いわね。直ぐだからもう少し待ってよ。」


「葉子さん、僕の手を握ってください。それから色々な質問を雅敏さんにしてください。僕が中継しますから声は出さないでください。」


「目も瞑った方がいいかしら?」


「その方が雅敏さんの姿を思い浮かべられるなら、その方が。」


「落さないでよ。」

「落しませんよ。」


「お願いします。お早く!」

「煩いわね。間違ったらあなたのせいだからね!。」


 葉子は口を挟んだ職員を怒鳴ると墓穴の縁に座り込み、同様に隣に座った玄人の手を左手で握り、目を瞑りながら上半身を墓穴に落とさんばかりにぐんと右手を伸ばした。

 金虫家の面々と俺と楊は、時間が止まったかのような二人を見守るしかなかった。


 暫しの後、葉子が叫んだ。


「あなた!」


 そして、葉子が骨の山から引き出した手は、欠片というには大きすぎる骨の破片をしっかりとつかんでいた。

 右目と頬の形がよくわかる、気味の悪いお面のような破片だった。


「雅敏よ!私は彼とようやく一緒になれるのね!あぁ、あなた!」


 葉子は破片を丁寧に壊れないようになでながら涙を流しはじめ、そんな葉子の様子を見て、同じように涙を流す玄人が葉子に告げた。


「葉子さんが、右腕にぶら下がった時に雅敏さんが自分を見下ろす目が好きだって言うから、雅敏さんは頑張りましたね。」


 玄人は葉子にパカっと叩かれた。


「恥ずかしいでしょ。秘密のお話を大声で言わないの!」


 笑いたいけど笑えないオカルトの情景の中、葉子の娘の鈴子と孫の梨々子が夫と婚約者のそばから離れて、玄人と葉子を囲むようにして同じようにしゃがみ込んだのである。

 鈴子は既に母親と同じく涙を流しており、そっと、骨のほうに手を翳した。


「お母さん。本当にお父さんなのね。」


「心配ならDNA鑑定してみなさいよ。これは雅敏の骨よ。」


 視界の隅で金虫警視長がDNA検査の予約を入れていた。

 さすが警視長。


「おばあちゃん。どうしてそんなに確信できるの?」


「映像が見えたのよ。映像の中で雅敏が私に手を差し伸べて私が彼の手を掴んだの。そうしたら、手の中にこれが。さぁ、箱を。彼が崩れないように箱に入れてあげないと。」


 持って来た陶器の箱は小さすぎた模様だ。

 葉子の言葉に楊が施設の中へと走って行き、数分もしない内に彼は箱を持って戻って来た。


「葉子、ほら。」


 楊が持って来た箱は水色の菓子箱だったが、葉子は箱を見てびくりとした後に体の動きを止めてしまった。


「そのお菓子のお店を雅敏さんが探していた時に葉子さんと出会ったのですよね。気の進まないお見合いを受けるつもりが葉子さんに出会って、お見合いを断ったのだそうです。一目惚れですね。」


 玄人がニコニコして語ると、鼻水が止まらないほどの涙顔となった葉子が少女のようにして語りだした。


「あたしは許婚が嫌で家出中で、一目で雅敏に惚れて彼の家に押しかけちゃったのよ。たった、たった一年しか一緒にいられなかったけど、あたしはまだ彼を愛しているの。あぁ、愛しているのよ!」


 その言葉に玄人が跪いて顔を覆って泣き出した。

 楊が玄人の背中をぽんぽんと叩く。

 皆玄人が葉子に感極まって泣いていると思っている。


 違うよな。

 お前が泣くのは柴崎の事を想ってだ。

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