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子供達は屠殺ごっこをするためにブタ役を決めた(馬5)  作者: 蔵前
二十一 変容をしてしまえば地獄だって天国となる
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僕のために生き返って

「ほら、武本君。」

「あ、髙さんすいません。」


 僕を軽く肘打ちした髙に謝ると、僕は僕達を出迎えた早川夫妻に向き直った。

 僕は彼等に深々と頭を下げ、まずは目的を果たさねばと口を開いた。


「あの、早川さん。お久しぶりです。覚えていらっしゃいますでしょうか?僕はモエちゃんが転校するまで仲良くしてもらった武本玄人です。」


 僕の言葉にモエの両親ではなく、隣に立つ髙の方がびくっとした。


「玄人君?君のメグミちゃんはモエ?芽ちゃんの方じゃなくて、萌ちゃんの方だったの?でも、小学校はメグミちゃんだったよね。」


「お母さんの所にいるメグちゃんも一緒にいられるようにと、メグミって皆に呼ばせていたのです。芽ちゃんはその逆でモエと名乗っていましたよね。両親を混乱させて、芽だったら萌に、萌だったら芽にお父さん達が会いたいと思って、仲直りしてくれるようにって。でも、僕には、僕と二人の時はモエちゃんって呼ぶように命令されました。だから、すいません。メグミちゃんから手紙って言われてもぴんと来なくて。」


 記憶が甦る。

 早川萌は双子だった。離婚した両親がヨリを戻して再婚するまで、芽は母方に引き取られていたのだ。両親が幼稚園時代に離婚をして彼女達が離れ離れになるまで、僕達三人は仲良しだった。いや、秀君もいたから四人か。

 小学校に入学した自己紹介で、萌が「メグミ」と言ったのだ。

 同じ幼稚園出身が僕と彼女二人だけという事と、萌がメグミと読めることもあり、すんなりと誰も疑うことなく「早川萌」は「早川メグミ」となった。



「クロ君は私のこと、メグミって呼んじゃダメ。」


「みんなにはメグミちゃんなのに?それじゃあ、僕は君を早川さんって呼ぶ。」


「二人の時にモエって呼ばないと返事をしないからね。」



 僕の言葉に目の前の父親は崩れ落ちて泣き出した。

 隣の母親もそうだ。

 僕は柴崎君を助けられなかったけれど、彼女は助けられるはずだ。


「だから、君のせいじゃないよ。モエちゃん!君はもう、苦しまなくていいんだよ!」


 大声で、めったに大声を出せない僕が家中に響くように、大声で叫んだのだ。

 二度と後悔はしたくないと、その一念で、僕自身を振り払って僕は叫び声をあげたのだ。


「お願いだ!萌ちゃん。君だけは生き返って!」


 暫くの後、階上から人の動く気配が起き、ぎしりぎしりとゆっくりと、死んでいた柴崎のような動きの重い足取りを響かせながら階段を降り、僕達の所に近付いて来た。


「芽ちゃんが酷い目に合ったのも、仕返しを秀君がしたのも、萌ちゃんのせいじゃないよ。僕こそごめんね。君に手紙も書かずに君達の事を忘れていて。本当にごめんね。」


 三年近くもの間部屋に篭っていただけの女性は、昔の面影もないほど太り汚れていたが、僕の目の前に現れてくれた早川萌は生きていた。

 あまり背が伸びなかった僕同様に、萌は小学校時代から変わらないような身長の小さな女の子である。


 本当にお似合いの、死んでいた僕達。


「自分をもう殺さなくていい。君は萌ちゃんとして生きていいんだよ。お願いだから、お願いだから、僕のために生き返って。」


 その言葉に彼女は崩れ落ち、大声で泣き出した。

 生き返るための産声のように。

 彼女は「メグミ」と呼び出された芽が乱暴され自殺した時に、自分をも一緒に殺したのだ。

 幽霊のように部屋に篭って自分を醜くして、自分だけを呪っていたのである。


 ぽんっと肩を抱かれて髙を見て、彼の笑顔から僕は失敗していないとわかった。

 良かった。

 後は、近い内に家の中の黒い道を良純和尚に祓ってもらえばいいだろう。

 蜘蛛達は僕が全部連れて帰る。


 僕こそそろそろ変容を受け入れるべきなのだ。

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