会わねばならない人
僕を柴崎から引き離し、その後の面倒を見てくれたのは当たり前だが髙だった。
彼は柴崎の変容を知ると、驚きながらも遺体安置所に遺体を運び入れた。
尋問室の別の扉から直接安置所に入れたとは驚きだ。
安置所で動き出したら人目につかないように運び入れる目的で、あの部屋は設計されていたのだろうか。
「元は検死官の控え室でしかないよ。」
柴崎の遺体をスチール台に載せあげた髙が、僕の心の中の疑問に答えてくれた。
驚く僕を尻目に彼は手馴れた風に安置所内で立ち働き、瞬く間に通常の安置される遺体の体裁を作り上げてしまった。
最後に火を入れた焼香炉に柴崎の頭の辺りに置くと、僕を彼の隣に呼んだ。
髙の気遣いか柴崎は顔を出して白いシーツがかけられており、安らかな死に顔と相まって転寝をしてるだけのようだ。
抹香からは白い煙がたなびいている。
柴崎に手を合わせた僕は、ようやくの彼の永遠の眠りを覚まさないようにと、柴崎の顔に白いシーツを掛けて覆い隠した。
すると、隣に立つ髙が僕に囁いた。
「君に変わって欲しいと僕は考えていたけどね、君が変わろうとしないのは――。」
僕は彼の声に顔を上げてその続きを聞こうとしたが、髙はその続きを続けられなかった。
言葉が出なくなった彼は自分の口元を抑え、僕の為に涙を一粒流してくれた。
僕が変わろうとしないのは、僕が僕のままここにいたいから。
「すいません。僕を早川家に連れて行って下さい。僕は彼女に今すぐ報告がしたいのです。」
髙は僕を見つめて微笑むと、いいよ、と僕に言ってくれた。
髙の運転する車の助手席で、早川家に近付いていく感覚を噛みしめながら、僕は早川との思い出を噛みしめていた。
全部自分のせいに違いない。
転校を僕に打ち明けた彼女だが、僕と離れることを悲しがるどころか離婚した両親が再婚したと大層喜んでおり、僕は彼女の幸せを素直に喜べないでいたのである。
「行っちゃったらもう会えないよ。それなのに嬉しいの?僕は君の新しい家がどこかわからないのに。」
半泣きの僕のセリフに、彼女ははっとして泣きそうに顔を歪めた。
「お手紙を書くから。そうしたら住所がわかるでしょ。絶対に遊びに来てね。」
ごめんね、遊びに来るのが遅くなって。
手紙が来なくても、僕は誰かに頼んで早川と繋ぎを取ってもらうべきだったのだ。
車が辿り着いた早川家は、黒い道が斜めに切り裂いているせいで暗く淀んでいた。
「玄人君?どうした?」
「黒い道が、近くの池から伸びる道がこの家を貫いています。」
「そう。とにかく行こうか。」
十時に近い深夜でありながら、髙が呼び鈴を鳴らすと、早川夫妻が玄関口に出迎えてくれた。
記憶の中の早川正は、記憶と違い頬がこけて白髪だらけの老人のようだ。
僕や柴崎さえも抱き上げてくれた体格のいい体は、骨が浮き出るほどに痩せこけて、背骨などくる病の患者のように丸まっている。
美鈴は美しさを全て剥ぎ取られ、目の輝きまでも失った棒切れだった。
彼らの姿はこの家を貫く呪いによるものなのか。
早川が希望を目に宿らせて語っていた家族の再出発のはずの家は暗く、そこかしこに蜘蛛が這い回っていた。
黒い道はメグミと柴崎が沈んだ池から伸び、早川家を突き通して丘の方へと伸びているのである。
この地区はほんの十六年前まで、池で殺した生贄を丘へと運ぶ事で完了する祭りが密かに行われていたらしい。
新しい人々が住み着いて新しい人々の活気で地上が満ちれば、祭りを執り行う者達がいない以上廃れて消える筈だった。
誰かがそれを計画したが、呪いに負けたのか?
早川家を通る黒い道はその祭りの繰り返しで出来たものであるが、祭りが完了しなければ、次から次へと殺戮の暗示が黒い道から繰り返されるようである。
道から黒い人型がにょきっと飛び出し、僕の傍らを敢えて掠めて外へと出て行った。
あれは、僕と同化したがっていた黒い死神だ。
お前はそうやって死体を増やしていたのか。




