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子供達は屠殺ごっこをするためにブタ役を決めた(馬5)  作者: 蔵前
二十一 変容をしてしまえば地獄だって天国となる
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君をただ愛しているから

「三人で沢山ゲームをしたね。秀君と君と僕。そして仲間外れだと大泣きする早川さん。」


「すると子供は外で遊びなさいって、早川のおじさんに怒られてね。それなのに僕達は公園でなくて図書館に篭って。そうだ、君のためだ。君は昔から本が好きだったから。」


「今も大好きだよ。」


「何を読んでいるの?誰が好きなの?」


「ラブクラフトが一番だね。特に「インスマスの影」。あれは暗黒への恐怖が変容を受け入れることで希望になるんだ。恐れていた暗黒が、主人公の肉体と精神の変容により、天国として主人公の希望となる。そして彼は希望を抱いて自ら暗黒へと旅立つんだ。」


「僕達そのものだ。」

「本当だ。」


 はははって笑い合う。

 声を出して笑う事は出来るんだね、死んでいても。

 笑いあえた事に驚いたのか、柴崎は急に笑いを納めると僕の顔をじっと見つめた。


「でも、クロちゃんはやっぱり違うよ。君は生者だ。旅立つ必要が無い。」


「半分ね。僕はね、死者も見えるんだ。その事を認めたら、その世界を認めたら、僕はその世界に取り残されるって怯えている。長生きが出来ないから尚更怖い。だから、僕もいつか変容をしてしまえば取り残されても怖くないかもって思うんだ。でも、変容する事自体が怖くて怖くて仕方がない。君も怖かったでしょう?今だって怖いでしょう?」


 どうして君が動いていられるかわからないけれど、君は二年間も辛くて怖かったはずなのだ。

 僕のせいで、僕のことをずっと思いやっていたばっかりに。


「顔を上げて。もっと僕を見て。」


 いつの間にやら僕は彼の辛さに目を瞑り顔を下げていたらしい。

 柴崎の言葉にゆっくりと顔を上げると、彼は僕の顔を見て喜びと悲しみの混ざった表情をした。


「君を呼び止めれば良かった。そうすれば君がまだ輝いていたって。まだ希望があるって。なんて僕は愚かだったのだろう。メグミちゃんを失っても、僕さえ秀君に会いに行かなければ、彼は復讐を実行に移さずに苦しみながらも人生を生きていられた。全ては僕のせいだよ。僕のこの浅ましい姿を見て、彼は、彼自身をも変容させてしまったんだよ。」


 そうして彼は深い後悔に押しつぶされた。

 彼のせいではないのに。


「君のせいじゃないよ。」


 全ては僕のせい。

 殻に閉じこもり、前を向いて歩く事を止めた僕のせい。


「君のせいであるわけがない。」


 彼は僕の心を読んだかのように優しく囁いてくれた。

 小学校時代、彼の存在がどれほど玄人には大切であったのか。

 人が輝けるのは、愛すべき誰かがいてこそなのだ。


「君はどうしたい?もう少し、ずっと、いつまでも僕は君と話したいけれど。君はすぐにでも楽になるべきなんだよね。」


「楽に出来るの?いつも、いつだって、息が詰まって苦しいんだ。」


 苦しいんだ。

 死んだまま生きるのは苦しいのか。

 僕のお腹の子達は今も苦しんでいるのだろうか?


 臆病な僕はお腹の子達を楽にしてあげれないけれど、目の前の親友は楽にしてあげよう。

 僕は君が大好きなのだから。

 そっと彼の左手に僕は自分の右手を差し出して、しかし触れる前に彼はびくりと体を震わせた。


 秀が亡くなったという車が爆発して巻き込まれた時に負った火傷は、深く深く、彼の真皮の下まで焼きつけられたものなのだ。


「触れて。僕は君に触れられたい。でも、火傷が痛くて痛くて堪らない。僕が殺したあいつらはもっと痛いだろうけど、僕はちっとも彼らに与えた痛みに罪悪感などは無い。なのに、僕は痛くて痛くて堪らない。痛いから息を吸おうとしても、喉がつまって苦しいんだ。お願い。僕を終わりにして。痛みが、苦しみが、辛くて辛くて堪らない。」


 僕は彼の告白で、僕の覚悟が決まったと言っていい。

 そして、くだらない僕は、目の前の純粋に玄人だけを想ってきた友人を騙して酷い行為をその身に受けさせる事に、彼の告白のお陰で罪悪感を薄められた気でもいるのだ。


 葉山の怪我を柴崎に身代わらせるのは、互いにとっても幸いでしかないだろう、と。


「痛みを先に和らげる。それから君を終わらせよう。だって、君は悪くない。僕は君が悪いなんて絶対に言えないもの。でも、嘘つきで酷い僕を許して。」


 僕は立ち上がると、彼に向かって両手を伸ばし、そして彼を机越しに抱きしめた。


「あぁ。」


 彼の目尻が痛みを失った安楽で緩むのを見て、酷いことをした後悔よりも、どうして彼に会ってすぐにそうしなかったのだろうと自分の愚鈍さを罵った程だ。

 そして、僕にできるせめてのこと、さらに両手に力を込めて、彼を彼が望むようにぎゅうっと抱きしめたのだ。


「クロちゃんはいつもいいにおいだ。」


 彼は囁くように呟いた。

 幸福に満ちた声音であるが、少々不明瞭な喋り方となってしまった。

 僕は本当にろくでなしだと顔を上げた僕の前には、やはり同じく顔を上げていたが、これ以上ないくらいの笑顔で微笑んでいる柴崎の顔があった。

 何でも僕の言うことを聞くと言い出した呉羽のような、神様を見るような憧れを持った目でもある。


「わらって。クロちゃん。」


 僕達は小学生の頃に戻ったように、お互いを見合って微笑み合っている。


「とおる君。僕は君が大好きだよ。今でも大好きだから、ずっと一生大好きだから、君を忘れないよ。……、だから…………だから何もかも、許すよ。だから、僕が君にしてしまった事も許して。」


「クロちゃん。ゆるすよ。なんだってゆるす。ただ、きみをだきしめる力がでない。」


 僕はもっと、できる限り強く、麻痺して感覚のなくなった柴崎の左側も感じられるくらいに彼を抱きしめる腕に力をこめた。


「僕が君を抱きしめているから。ずっと抱き締めているから。君を一生忘れるものか。とおる君、僕は君が大好きだよ。忘れるなんて、ぜったい絶対にないよ!」


「……うれしい。」


 目を開けた僕の目の前の死体は安らかな笑顔で、ほうっと溜めていた息を吐き出すと、ただの死体へと変容した。


「忘れないよ。君を愛しているよ。大好きだよ。」


 僕は両腕に伝わるぐんにゃりとした完全な死体の彼の冷たさを感じながら、涙を流せない彼の変わりに泣きながら、約束したとおりに、ずっとずっと彼の骸を抱き締めていた。

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