ごめんね
柴崎は僕が輝きを失っていないと微笑んだが、僕は自分よりも玄人の事を大事にしていた彼に胸が潰される思いだった。
僕はそっと左手を柴崎の右手の上に置いた。
包帯で分厚くなっている彼の左手を触ることはできない。
僕はこれ以上の苦痛を彼に与えたくないのだ。
扉に寄りかかっている髙が息を呑んだ音がしたが、柴崎に危険など何もないのだからと、僕は髙の存在自体を無視する事にした。
今のこの時間は、僕が思いやらなかった玄人の親友に、僕の意識全てを与えるべきなのだ。
「ごめんね。君に二年も辛い思いをさせて。」
僕は旧友に声をかけ、そしてその姿を見通した。
僕と同じように冷たい水の中で、その命を落とした幼馴染のとおる君。
「あやまらないで。クロちゃんに僕は会いたかった。会ってごめんと言いたかった。死ぬ前に、僕こそ君に謝りたかったんだ。」
柴崎は泣こうとするが涙が出ない。
彼はとうに死んでしまったから。
死んでいるのだから涙が出ないのは仕方がないだろう。
「君は自殺したんだね。僕のプール事件を知って。原付に体を縛り付けて貯水池に飛び込むなんて、苦しくて辛かっただろうに。命を絶つのではなくて、僕に会いに来て欲しかったよ。……違う。会いに来てくれたんだね。ごめんね。僕が以前の僕でなかったから、今の僕が君を更に追い詰めてしまったんだね。」
彼の記憶の中に見えたのは、頭を下げてトボトボと屠殺場に向かう家畜のような姿の僕だ。
そして、もう一つ。
彼にとっては輝く希望そのものの、僕ではない昔の僕の姿も。
あぁ、そうだ。
武本玄人も、過去の夏のあの日に死んだのだ。
それでも、柴崎の恋焦がれる玄人でない僕でも、僕は彼を終わらせてあげないといけないだろう。
武本玄人の体を使って生きている者としてのせめてもの矜持だ。
僕は病院で彼を一目見てわかったのだ。
彼は二年前に死んでいるって。
「ごめんね。クロちゃん。僕のせいで虐められて。僕のせいでメグミちゃんを不幸にして。僕のせいで君を不幸にしてしまった。」
「不幸じゃないよ。僕は不幸じゃないよ。この人生で出会えた人達がいるから。だから、不幸じゃないよ。悲しいのは君とずっと友達でいたかったけれど、これが君との最後になる事だ。君を終わらせる事がとても切ない。」
「本当は君に終わりにして欲しくない。君の中で忘れ去られるより覚えていて欲しい。僕は死ねない。未来永劫生き続けるのならば、君が生きている間はずっと覚えていて欲しい。秀君が羨ましいよ。彼は望むまま生を終わらせる事が出来た。」
彼は自分が死んでいることも知っていたのか。
僕は死んだ武本玄人の体に巣くっている死霊でしかない。
なんて、お似合いの二人だろう。
「僕達は同じだ。同じ不幸を共有している親友だ。だから、ずっと忘れないよ。そして、僕は本当に君を終わらせるできるんだよ、秀君のようにね。でも僕は君と話がしたい。もう少しだけ、いい?」
彼は僕の終わらせるの意味を取り違えていた事に気が付いたのか、双眸に光がキラリと輝いた。
自然と顔を綻ばせた彼は、幼い記憶の中と同じに玄人を見つめるとおる君だ。
「いいよ。君は昔からゾンビが好きだったものね。」




