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子供達は屠殺ごっこをするためにブタ役を決めた(馬5)  作者: 蔵前
二十一 変容をしてしまえば地獄だって天国となる
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行ってきます

 病室に髙が僕を迎えに来た。

 僕が彼に送ったメールも関係しているし、髙の仕事でのルールの適用でもあるらしい。

 即ち、柴崎はこの先ずっと誰にも会えないどこかに永遠に閉じ込められるのだ。


 その死刑宣告よりも重い罰を受ける人物には、移送途中だけ最後に会いたい人と移送車に同乗出来るという餞別が与えられる。


 病室の戸口に現われた髙の姿に、髙と同じく公安だった山口が事情を素早く察し、勢いよくベッドから身を起こした。


「クロトが行く必要ないよ!」


 素早く点滴を抜く山口はかなり怒り狂っており、僕を引き止めるためには何も知らない良純さんを呼び出せる大声までもあげそうだ。僕は慌てて山口のところに走って彼を両腕で抑え、そして彼の頬にキスをした。

 良純和尚の、弱い奴は真っ向に立ち向かうよりも虚を突け、という教えの実践である。

 たちまち山口は驚いた顔のまま体を硬直させ、ブリキ人形の様に僕を見返した。


「僕が頼んだ事です。髙さんに僕がお願いしたの。僕は柴崎君を終わらせてあげたい。僕が記憶喪失で彼を忘れていなければ、忘れていても連絡さえしていれば、彼は。ううん。彼どころかメグミちゃんも。もしかしたら不幸にならずに済んだかもしれない。」


「違うよ。違う。君は悪くない。」


 彼は僕の両手首を掴み、でも、両手の親指で僕を宥めるよう優しくなで上げた。

 山口の猫の様な透明な瞳には、僕を哀れんだ涙で一杯だ。

 僕の親友になってくれた山口は、僕を必ず受け入れて許してくれるのだろう。


「ありがとう、淳平君。でも、僕は行かないと。過去の玄人のために。玄人の親友になってくれた柴崎君のために。」


 僕はゆっくりと山口から手を振りほどくと、じっと僕を戸口で待っていた髙の元へと歩きだした。

 途中、葉山の擦れ声で僕を呼んでいるようだと彼のベッドに振り返ると、葉山はじっと僕を見つめたまま、後でと、口だけで言った。

 どういう意味だろうと思わず山口に振り向くと、彼は暗い表情ではあるが僕にそっと微笑んで、それから葉山の思惑を僕に伝えてくれた。


「あとで、絶対に、ちゃんと僕達の所に帰って来るんだよ。」


「ぜったいに戻ってきます。」


 彼らの与えてくれた友情に幸せを感じた僕の顔は、いつもと違って自然と綻んだ。

 それが良かったのか、山口も葉山も一瞬目を見開いて驚いた顔をした後に、写真にして額に入れて飾っておきたくなるほどの最大限に素晴らしい笑みを、この僕に返してくれたのだ。


 僕はなんて幸せ者なのだろう。


 そして僕は髙とともに病室を後にし、人目を避ける様にして外階段を使って病院を出て駐車場へと向かったのである。

 そこで柴崎を乗せた護送車が僕を待つかと思っていたが、彼は僕を鈍亀の助手席に乗せると無言のまま発車し、どうやら相模原東署の方へと向かう様子である。


「移送に同乗って、電話で。」


「でも君は彼を終わらせてあげられるのでしょう。そう言ったよね。それなら署で彼と最後の会話をしよう。それから僕が規定どおり彼を連れて行く。君は水野か佐藤に百目鬼さんの所に送らせる。移送に付いて来なくていい。柴崎もそう望んでいる。君と話をして気持ちの整理をつけても、移送に君が同伴すると別れ難くてさらに辛いってね。」


 僕は何も言わず、そして車は署に数分もしないで到着した。それでいい。僕はただ、髙に従い彼の後に続く事にしたのだ。

 必ず果たさねば成らない事を余計な一言で台無しにしたくはない。

 地下には僕ではなく、本当の武本玄人の親友であった柴崎徹が待っているのだ。


 地下の薄ら寒い明かりの廊下を暫く歩くと、髙は資料保管室と書かれた部屋の扉を開け、奥の施錠されているらしき保管庫の扉まで進んで鍵を開けた。

 そこに入ると、狭い棚の合間を通りながら奥の方へと進むことになった。

 奥には壁と同化した扉があり非常口の様な内蔵されている銀色のノブが付いており、扉の上部中央に掃除用具と書かれた磁石のプレートが張り付いている。

 髙は何事もないように銀色のノブに鍵を差し込みカチリと開けると、隣に立つ僕をじっと見つめた。


「大丈夫かい?何か聞きたいことは?」


 僕は首を振った。

 掃除用の具とは物凄い皮肉ですか、などと聞くわけにはいくまい。


 踏み入れた部屋は以前に僕が尋問された部屋のように狭い真四角の部屋で、あの時と違うのは覗けるようなマジックミラーもなければ、尋問内容を記録する記録係も存在していない。

 その代わりに、事務机を前に床に固定された椅子に座る親友がいた。


「玄人君、早く座って。」


 僕は髙に促されると、柴崎の姿を見つめながらゆっくりと彼の向かいの椅子に座った。

そんな僕の姿に、柴崎は血の気のない青白い顔を上げ、そして僕の顔を一心に見つめ続けている。

 憧れの目で。


「君は輝きを失っていなかったんだね。」

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