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俺は猿回しの猿なんだよ

 早川秀が自殺同然に民家に突入した後、生き残った柴崎は笹原健太を殺すことで終いにしようと考えた。

 人を殺す毎に喜びを感じて高揚するようになっていく自分自身に、早川秀も自分も恐ろしくなっていたのだと柴崎は楊に告白した。


「秀君は死ぬ前の数日間殆んど何も食べませんでした。僕達は動く限り殺し続けなければいけない事に疲れていたのです。でも、生きている限り彼らを許せない。」


「そうか。それじゃあ、笹原家で何があったのか教えてくれるかな。」


「僕が殺したのだと。」


 楊は柴崎がどうしてここまで自分が全てを背負おうとするのか、彼が哀れで仕方がなかったという。


「罪を償う事こそ救われると思わないかい?あの現場は一目でね、経験のある刑事だったら誰にでも、君でなく健太君の親族の仕業だろうとわかるものだよ。既に健太君のお父さんも自白した。子供が大人の罪業を背負う必要はないんだよ。」


 柴崎は楊を真っ直ぐに見つめ、暫しのちに目を伏せるとぽつぽつと語り出した。

 何度か遊びに行ったことのある笹原家は、両隣の同じような外観の同時に建てられた並びの家々と比べて、そこだけ煤けてくたびれている雰囲気であった。


 彼がこの家の前に立ったのは、ただ一つの目的のため、つまり、笹原健太を殺すこと。

 彼らのような人間が娯楽を求めて無責任に煽り立てたがために、柴崎の大事な人達に悲劇が起こったのだ。

 悲劇を起こした者達には、玄人とメグミが受けた誰も助けてくれない絶望と水の中で息が出来ない苦しみを与えなければならない。


 しかし、秀と柴崎が被害者を水責めでなく喉をアルコールと炎で焼いたのは、彼らの怒りが水だけでは収まらなかっただけの話だ。

 拷問ではなく、五臓六腑を焼く炎が彼らの怒りそのものの象徴だったのである。


 柴崎の手に提げたコンビニ袋の中のウォッカの瓶とモンキーレンチが、早くやれと煽るように袋の中でガチャリと動いた。

 そして、呼び鈴を押そうとして、玄関が半開きである事に気がついて、ビニールからレンチを取り出して握ると、彼はそのままそろそろと家の中に靴も履いたままで忍び込んだ。


「ちゃんと加減しないと即死させてしまうと、何度も自分に言い聞かせながら一段一段階段を上がりました。僕は動きが鈍くなったけれど、力だけは人一倍になってしまって。とんだ化け物です。」


 相模原東署に留置されてから支給された洗い立ての白いシャツとウェストゴムの黒いズボンを履いた彼は、右から見れば青白い顔に血の気をめぐらすことなく人形のような風情であった。

 左頬と左手から前腕にかけての火傷は酷い有様で、軽くガーゼや包帯で覆っただけである。病院の医師に見せるべきだと楊は髙に言ってはみたが、髙は横に首を振るだけだ。


 柴崎の負っているこの傷を同級生達を殺した咎だと思い込もうにも、柴崎は楊には罪など無いにも等しく、完全に柴崎に感情移入して目先が濁っていると、いつになったらまともな刑事に自分はなれるのかと楊は自嘲していた。


「飲まないかい?」


 楊が柴崎に温かいカフェオレを渡そうとするが、彼はゆっくりと頭を振った。


「大丈夫です。それで、僕は勝手に家の中に入り、笹原の部屋を目指しました。彼の部屋は三階です。」


 笹原の家は三階建ての戸建て特有の、二階がリビングとなる造りだ。

 足音を忍ばせてリビングへと階段を上りきった柴崎が目にしたものは、父親に首を絞められて絶命したばかりの床に転がる笹原のうつろな顔だった。


「君!あぁ、これには、これには訳が!」


 父親は突然の闖入者に笹原の首から手を離して体を起こすと、壁際に慌てふためいて後ずさった。青い顔を何度も横に振りながら、壁に同化してしまいそうな程に彼はこれでもかと壁に張り付き、殺した息子への罪悪感よりも行為が発覚した事への怯えだけである。


「いいですよ。僕は彼を殺しに来たのですから。僕が殺した事にします。」


 柴崎はポツリと呟き、台所の引き出しから文化包丁を取り出した。


「玄人君、こいつは君の悲鳴が大好きだって虐めを煽っていた奴だったものね。」


 彼は笹原の遺体に向き直り、包丁を憎しみを込めて振るった。



「それで、両耳か。」


 楊は俺に答えるどころか沈黙し、両手で抱えた紙コップの中身をぼんやりと眺めている。


「どうした?」


「……いや。それで、耳を切り落としたことも加味してね、彼が精神に異常があるって事になった。事件は柴崎の責任能力無しと、早川の死による被疑者死亡で終わらせる。奥村の事件は林警部補が終わらせたままのひき逃げと自殺でね、早川と柴崎の罪は今井達三人だけだね。民家突入は警視庁が女の子を助ける為の緊急避難を適用してくれた。乱暴でしょう。でもさ、裁判でちびの名前を何度も出されるよりはいいでしょう。ようやく顔を上げるようになったあの子を、俺はそっとしてやりたいからさ。……やりたいのにね。」


 楊は背中をぐっとそらして固いプラスチックの背もたれに体をもたれさせた。


「どうした?」


「疲れた。」


 椅子に寄りかかって目元を片手で翳す楊の横顔は透けるように青白く、不吉なもののように俺に感じさせた。

 ふわりと毛束が揺れて、彼の頭部にある古い傷跡を覗かせた。

 死ぬつもりで車ごと崖から飛び降りたという、過去の傷跡。


「お前は本当に大丈夫か?」


「疲れただけだよ。自分のろくで無さに。……それから、ちびを髙が預かっている。ちゃんと無事に帰すから心配しないで。先に葉子の家に戻ってあいつを待つか?それとも、ここで俺の不景気な顔を見ながら一緒に待つか?」


「……ここにするよ。」


「そうか、それなら時間はまだ沢山あるからさ、今回の事件で俺が知ってしまったちびの身の上についての考察を呟いていいか?」

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