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楊と髙

 世田谷から楊が戻ると、署の前には髙が彼を待っていた。


「どうしたの?ちびがまだ意識不明のままなのか?」


「玄人君は目も覚めて、先程事情聴取が終わったところです。かなり精神が疲弊しているようですからね、本日は病院に寝かしておきます。」


「そう。でもそれは電話で済むよね。どうしたの?俺の電話を無視していた事への俺の怒りが怖いわけでもないでしょう?」


 髙は嬉しそうに笑い声をあげたが、本当に喜んでいるとは楊はこれっぽっちも感じなかった。楊に見せる顔が、これからお題を課す教官の笑顔でしかなかったからだ。

 楊はそのお題を考えて大きく溜息をついた。

 髙は楊を「良き上司」として鍛えることに生き甲斐にしているようなのだ。


「あなたは察しがいいから好きですよ。」


「教育係りが怖いからね。ちびの身の上を知っていて放って置ける君だもの。本当に君は怖いよ。配偶者がいない子供が死んだら、子供の財産は親に行くって知っていてさぁ。」


「それは……急にどうして?」


 楊は挑むように相棒を睨みつけた。楊は髙より武本の記憶喪失について知らされてから、武本家の登記や財産関係を調べていたのである。

 それにより、武本が普段楊に語っていた内容と現状の食い違いの疑問の答えを知り、その理由から確実に武本の両親が武本に殺意を抱いているだろうと結論付けることができたのだ。


「かわさん?」


「ちびの個人財産は空だと髙も百目鬼も言っているけどさ、空だったら金満な孫思いのおじいちゃんおばあちゃんは金を差し出すでしょう。数か月ごとに白波と武本からの入金がある武本玄人名義の二つの口座があったよ。そこから定期的に引き出しているのは誰だろう?父親?母親か?子供の内はちびを生かしておけば無尽蔵に金を使えていい暮らしが出来るが、あいつは成人になってしまった。もうかなりの蓄えになったし、気づかれる事に怯えるぐらいなら、いっそ?せっかく鬱にしたのに、回復したなら殺してしまえって?」


 しかし、楊の想定と違い、髙は呆けた顔で楊を見返して、あぁ、と叫んで自分の額をパシリと叩いただけだった。


「え?髙?」


「いやあ、そうだ、そうだ。忘れていた。玄人君の祖父の「思い出させたら死ぬ」という遺言にインパクトが強かったからか大事な事を忘れていた。そうだ。何事も金の流れを追えば大体わかる。いやあ、馬鹿だなあ。そうですよ。玄人君が完全に一文無しであるわけは無いんですよ。さすが、かわさんです。これで記憶喪失云々なしに、あの虐待夫婦を追求できる。お見事です。さすが、かわさん。」


 胸のつかえがおりたと喜ぶ髙に、楊はすっかりと毒気を抜かれてしまっていた。


「本当に君達が見逃していたんだ。君や百目鬼こそ、まず財産目録を平気で漁りそうだけどね。」


「酷いですね。まぁ、それはまず置いておいて、先に済ませたいことがありますので。これも玄人君に関係する大事な事ですから。いいですか?僕に付いて来てください。」


 楊の返事も聞かずに何事も無い顔で踵を返して歩き出す髙に、楊は軽い反発心で反抗を試みた。

 ただの反抗でもなく、世田谷から車を走らせながらずっと考えていた事でもある。


「付いて行きたいですけどね、俺は柴崎にすぐにでも会いたい。彼は嘘つきだよ。」


 ピタっと歩みを止めた髙は、振り返らずに答えた。


「それはそうでしょうね。」


「君が先に自白を取ったのか。彼が笹原を殺していないって答えたのか。良かったよ。あの子は全部の罪を被って死刑になりたいって思いつめている感じだったからね。早く親御さんのもとに返してあげたい。」


 ゆっくりと髙が振り返った。

 かなりの驚いた顔で楊を見返していた。

 楊は今日二度も相棒を驚かせることが出来た喜びよりも、後で何かがありそうな予感で嫌な気持ちの方が先に来た。


「髙はどうしたの?どうしてそんな素っ頓狂な顔をしているの。」


「いえ。そうですか。笹原は殺していない。そうか、彼は大丈夫なのかな。」


「だから、どうしたの?」


「まず、私に付いて来て下さい。道々話します。」


 再び髙は歩き出し、楊は髙が何時もと確実に違うことを不安に感じながら彼の後を追うしかなかった。

 彼は道々話すと告げたはずでありながら、彼が再び口を開いたのは楊達が地下のエレベーターを降りた所である。

 彼らが降りたのは奈落の底と新人には恐れられている、遺体の安置所と証拠保管庫に破棄書類の一時保管室、そして留置室がある階だ。

 普通に照明は眩しい位に煌々と点いているが、なぜか誰しも薄暗く感じ、訪れる者全てに不吉な印象を与える場所なのである。


「ここは電気が点いて明るいはずなのに暗く感じて、来る度に気が滅入っちゃうよね。ちびだったらお化けがいるって見えるのかなぁ。」


「LEDだからですよ。光が強くても蛍光灯よりも光が広がらないので暗く感じるのでしょう。あぁそうだ。カバーも付いていますけど、直接見続けるとブルーライトで目を傷めるから気をつけてくださいね。」


「ご高説を承りましてありがとうございます。」


 楊の不貞腐れた返しに、フフっと笑った男は歩みを止めた。


「かわさん。柴崎は公安が身柄を引き取る事になります。親には早川と一緒の死亡と伝えました。遺族への遺体の引渡しも、後は全て公安が引き受けますから忘れてください。」


「どういうことだ。彼は連続殺人はしたが、それはテロでは無いだろう。笹原を殺したのは笹原の父親だったよ。彼は息子の素行のことで上司から辞職を薦められたそうだ。呆然と家に帰って、居間で生意気な顔で寛ぐ息子を目の前にして、つい、だそうだ。柴崎はその父親の罪を被っただけだよ。」


 楊から背を向けたままの男は大きく溜息をついた。


「髙?」


「柴崎は公安の決定を受け入れています。ですが、かわさんは納得できないでしょう。今夜中には移送されますから、彼と最後に話し合う機会をどうかと思いまして。どうされます?会いますか?」


「勿論会うよ。」

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