忘れていた友達
「とおる君は六年生になる前に急に引っ越した子です。」
楊は腕の中の玄人の呟きにより本庁に連絡をし、笹原健太が世田谷の自宅にて事切れている事を確認した。
楊はそのまま世田谷の現場に向かい、笹原を殺して両耳を持って来た柴崎徹は髙によって相模原東警察署に連行された。
柴崎は玄人の虐めが始まっても、玄人と仲良くしてくれた小学校時代の唯一の友達と呼べる人物だったという。
「どうして彼が。とても優しい子でしたよ。」
楊の腕の中で意識を失った玄人は山口のベッドに寝かされ、一時間は意識が戻らなかったという。
俺が病院に戻った先程にようやく話せるようになり、今は髙による事情聴取に呆然とした様でぽつぽつと答えているのである。
山口は恋人然とした振る舞いで玄人の隣に横寝になり、玄人の左手を片手で握って体を密着させていた。
おい、誰か奴をいい加減にさせろよ。
山口を止める者がいないのは、葉山の姉は安全のために松野の家に戻され、公安の面々は一斉に姿を消して不在だからだ。
事件があった場所に長居して目立つのは、今後の仕事に差し支えるからだろうか。
もちろん山口宛の見舞いの品も、彼等の消失と共にいくつか一緒に消えていたがな。
「彼が、僕の虐めをしていた子達を殺し続けていたのですか?」
「それはまだわからないよ。それで、あの耳は笹原健太君のものだと言うんだね。」
「直接見てはいませんが、笹原君のうわぁって叫ぶ声が聞こえたので、たぶん。」
玄人のオカルトぶりに髙は慣れたのか、サラッと彼の言葉を流した。
「柴崎君の事を教えてもらえるかな。」
「彼は三年生の時からの友達です。僕は早川さんと幼稚園が一緒でずっと仲良しで、三年の時に隣になった彼とゲームの話で盛り上がって、それから三人仲良くしてました。」
「お前、早川のこと覚えていないって言わなかったか?」
思わず口を挟んだのは、彼が俺に話していない他の事実もある気がしたからに他ならない。情報不足はいつの世も不要な危険を招くものなのだ。
「すいません。忘れていたのです。柴崎君の顔を見て思い出しました。早川さんが転校した後は手紙も何も無くて、悲しくていつも泣いていて、それで彼に言われたのです。早川さんは僕達の事を忘れちゃったねって。だから、笹原君からメグミちゃんが僕に手紙を出していたなんて聞いても吃驚するだけで、彼女の事を思い出さなかったなんて。」
「早川さんの事、君は好きだったんだ?」
髙が玄人に投げかけた口調がいつにもまして優しいのは、玄人が忘れたくなるくらい好きな子が過去にいたと知り、玄人がいつもより身近な普通の子供に見えたからだろうか。
「僕は同じ身長に同じ目線で話せる女の子が好きなんです。それは小さい時早川さんといつも一緒でそうやって話していたからだって、今、彼女の事を思い出して気付きました。女性を見る時、いつも最初に身長を見るのです。僕と目線が同じかどうか。それから好きになるか決めるのです。」
「僕が女の子でなくて良かったよ。」
山口が武本の頭を撫でながら囁き、頭に頬ずりまでしてやがる。
俺はどうしてこんな馬鹿な奴の為にマカオまで行って来たのだろう。
「玄人君。柴崎君は君が苛められた時、彼もいじめられたりしたのかい?」
髙は山口には何も注意せずに、それどころか奴をいないものとして玄人に質問を続けてる。
さすが元公安、じゃねぇよ。
お前の間抜けな秘蔵っ子を、いい加減に注意しろよ!
「いいえ。彼は喧嘩が強かったから。それで何度も何度も、彼は僕を助けて慰めてくれました。そのうち彼の目を盗んで虐められるようになりましたけどね。彼だけでした。僕を守ってずっとそばにいてくれた人は。」
「そうか。それじゃあ彼が転校する時は酷く悲しかったよね。」
「はい。僕のせいですから。」
「どうして?」
武本は暫し黙り込み、そして言いにくそうに口を開いた。
「あの、僕は林君達に服を脱がされて。体に、えと、お尻に石を入れられそうになったのです。そうしたら柴崎君が割って入って助けてくれて。こんな事をする奴は変態だ!って叫びながら。そして林君と殴り合って彼の前歯を石で折っちゃったのです。」
「それで彼は転校する事に。」
「はい。でもお陰で服を脱がす行為はその日から無くなりました。」
髙は俺の方を見返し、俺も彼を見返した。
共感力のない俺が髙の考えが手に取るように解る。
それは俺と同じ考えだからだ。
いじめに性的暴行が加わるのは、いじめをする者の性的嗜好が含まれているからでもある。
彼らはいじめのなかで、嗜虐行為にこそ性的快感を得てもいるのだ。
子供達は玄人を殺したからこそ殺人衝動を忘れられずにレイプを伴った嗜虐行為に没頭し、玄人を愛する者達は、玄人の復讐のために子供達を殺し続けた。
これは全て、玄人を殺害して被った「武本の呪い」そのものだったのだ、と。