詫びを入れてもらおうか
「あー。無意味に襲われた一般人として、百目鬼はあの三人をぶちのめしたんだね。」
楊が呆れて脱力したのか、僕に体重をかけてきた。
脱力した楊に口を挟んできたのが加賀と佐々木である。
「すごいよねぇ。どこで学んだんだか。あいつの狙いどころって正確だからさ、物凄く痛いのに痕も残らずってね。あいつら三人は土下座しているんじゃなくて、立てないだけなんだろうね。」
「うん。すごいよねぇ。人が宙に簡単に舞うって本当なんだって、俺は彼に教えてもらったよ。どうして彼は一般人なんてやっているんだろう。」
良純和尚はこの間まで、警視庁の組織犯罪課の田神と言う刑事にいやがらせのようにしつこく犯罪者だとマークされていた。それは全くもって仕方が無い事だったと、僕は田神警部に対して謝罪したい気持ちさえ湧いてしまっていた。
「そ、それは、私どもも混乱しておりましたから、本当に申し訳無く。そ、それで、その女はこちらの嫁ですから、こちらで今後言い聞かせまして。聞かせますから、どうぞ、本日はご勘弁のほどを!」
良純和尚に震えながら懇願する男は、初老になりかけた白髪交じりの真面目そうな顔をした男であるが、どうしてここまで良純和尚に対して下手であるのだろうか。
そんなにも良純和尚がヤクザに、…………モロにそのモノにしか見えない、ね。
「ちび。あいつが高部の父親の高部信利。教育委員会にお務めだ。それから、隣の若いのが次男で高部の弟の浩司だ。弟も公務員で、なんと警察官だ。俺達のお仲間なんだよ、笑えるだろ。」
僕は楊にもっと寄りかかった。
どんなに悪徳警官が沢山いても、あなたは正義の警察官だよと、僕はあなたを信じているよと、彼に伝わればいいと思いながら。
「おい、この女はお前の嫁なのか?」
良純和尚は真砂子から手を放すと、信利の前にしゃがみ込んで顔を覗き込んだ。
「は、はい。」
「どっちの息子の嫁だ。」
信利と浩司は同じ動きで左側の宏信に顔を向けた。
「おぉ、お前か。それじゃあ、女はそこの親父に返して言い含めてもらうとしてな、お前が俺にきっちりと詫びを入れることにしようか。」
「え、あの、え。」
「亭主と女房は一心同体だっけ。俺も女をいたぶるよりもな、男同士で腹を割って話をしてみてぇな、と。女は大事に可愛がる方が楽しいじゃねぇか。そうだろう。」
「いえ、あの、ですが。」
「ほら、立てよ。どうした?どこか痛いのか?ここか?」
良純和尚は親切そうに宏信の足首をさすってやったが、急に宏信が背骨を反り返るようにして苦悶の声なき声をあげたのである。僕にはさすっているようにしか見えなかっただけだが、確実に踝に凶悪な圧をかけたに違いない。
「おやおや、大丈夫か。物凄い転び方をしたからなぁ、お前は。俺との話し合いが終われば、俺がちゃあんと病院に連れて行ってやるよ。なぁ、お父さん。」
良純和尚は信利の肩に軽く手を置いた、ようにしか僕には見えなかったが、信利は声なき声を「ひゃふ。」って感じで上げていた。
「え、良純さんは何をしたの。」
「俺が知るかよ。」
「普通に痛めた場所を正確に触っただけでしょう。あの痛がりじゃあ、関節外して戻すって事をしていたね。ねぇ、かわいこちゃん。怖いパパで平気なの?」
そっけない楊の代りに僕の左耳に囁くだけでなく、加賀は左頬に自分の頬を擦り付ける勢いだ。もう逃げ場なしと加賀にびくびくびくとするだけの僕なので、とにかく、高部家の不幸に集中することにした。すると僕に注目されたことを知っているかのように、僧のはずの悪魔は、高部宏信に最高な、恐らく宏信には地獄への誘いにしか見えない笑顔を見せつけると、宏信に囁いたのである。
「さぁ、行こうか。」
所詮小心者で判断力の無い男は真っ青どころか完全に血の気を失っている顔でありながら、連れていかれれば確実に殺されると思い込んでいるらしい。
壊れた首振り人形のように首をゆっくりと横に振るだけで、彼は立ち上がろうともしない。
停滞した数分間、そこで女王のような声が彼に止めを刺した。
「離婚して他人になりましょう。今ここで。私はあなたに殴られる生活よりも、この人に風俗に沈められた方がいいわ。」




