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お前が言うか?

 脅える僕を乗せた鈍亀は、その十数分後に無事には、高部家から少々斜めとなる場所という、目的地にたどり着いていた。

 そして僕がようやくセクハラから逃げれると喜んだのもつかの間、佐々木は顎が外れたのかと思う程大口を開けて外を見ているだけで降りてくれず、彼を乗り越えて僕が先に降りようかと思った程だ。


 しかし、一番のセクハラ大臣がさっと降りたので、僕は右側のドアから少しは警戒しながら降りたのだが、何もされないと安心するどころか、既に怯える宏信以下高部家面々が土下座をしていた光景に驚かされてしまった。

 それも、土下座する彼等が這いつくばるのは、我が物顔で真砂子の腰を抱いているという、僧侶にあるまじき佇まいの良純和尚の足元で、だ。


「え、もう終わってた?え?何があったの?」


「何がって、お前の目は節穴かよ。」


 僕の隣に立った楊の声に、僕の脳が拒否した映像を受け入れることにした。

 昭和の田舎の大きな家を彷彿とさせる引き戸の玄関から、ピンク色のものが突き出ているのである。


 車は狙って突撃したのであろう事が一目瞭然のきれいな突っ込み方で、引き戸の枠もドア自体もひしゃげて破壊の大きさを演出していた。が、不思議なことに完全に家の中に入らない場所で停止している車は、フロントバンパー以外の破損が見られないというものだ。


「すごい度胸とテクだな、運転者は。」


 車属性の楊には、この戸建て襲撃の車の突撃の仕業が職人技に見えるらしい。


「そうなの?」


「見てごらん。車の下のブレーキ痕。それから枠もひしゃげているけれど、外れてはいないでしょう。相当な速度で玄関方面に直進して、その後のブレーキもタイヤをロックさせずにきっちりとかけて車を停止させているんだよ。衝突もコンって感じかな。凄いよ。絶対に崖から落ち無さそうな、チキンレースの帝王じゃないの。」


 崖から落ちた事のある元峠族の男は、嬉しそうな声をあげた。


「え、そうなの。さすがに良純さんです。」


「違うよ。あいつはそんなに運転は上手くない。あいつは車の運転をただの移動の手段としか考えていないからね。」


 運転者に心酔している風の楊を、そうなんだ、と見上げながら、そうだったらこの現状を作り上げたのが真砂子だという事になると僕は気が付き、確認するよりも頼まれていたスマートフォンのビデオ録画をすることにした。


「喧嘩は最初が肝心だってあの坊主は口にしていたが、本当にろくでもないねぇ。」


 僕は加賀に我が物顔で腰を抱かれ、そこでため息と諦めを共に、僕は蟹のように横歩きして加賀から離れ、楊の真ん前に立った。

 楊は僕の頭の上でふっと鼻で笑うと、僕の両肩に両腕をかけてきたが、それはいつものことで加賀に嫌らしく腰を抱かれるよりもずっと良い。

 加賀から逃げ切り肩に楊の重さを感じながらそこに落ち着くと、僕は撮影をしながら土下座している人々を静かに見回した。


 人が良さそうで真面目そうな初老の男を中心に、向かって右は山口と葉山と同じ世代ながら、彼ら山口達よりも純朴そうな青年。そして左側にいるのは、葉山の敵の高部宏信。

 彼は僕の想像と違っていた。

 卑怯者だから思いっきり小柄で狡猾そうか、運動馬鹿の大柄な体自慢の男を想像していたのだ。

 だが、良純和尚に怯える目の前の本物の宏信は、どこから見ても普通の男、それも、誰もが信用するような表情をし、中肉中背で流行を押えた髪形の清潔感のある男だったのである。


「おい、こら。土下座はいいからよ、さっさとこれからについて話し合おうか。」


「あの、いったい、あの、妻が、どうしたのでしょうか。」


 真砂子の腰を抱いて悠然と威圧感だけを出している男に、宏信はおどおどと顔をあげた。

 しかし、良純和尚は自分で声をかけておいて何も答えず、ただ高部家の周囲をぐるりと見回しただけだ。

 僕が録画している画面の中では、良純和尚が視線を逸らすたびに近所のやじ馬が視線を避けて身をかがめたり自宅の塀や室内でカーテンの中にと身を隠したりしており、明日から高部家は肩身の狭い思いをしそうだな、と僕は考えた。


「あの、いったい何なのでしょうか。」


「あぁ?一体も何も無いだろうが。全く危ないよなぁ。お前の家の車って、勝手に人を襲うみたいだな。」


「え?」


 この「え?」は高部のものだが、楊以下僕達も全員「え?」となっていた。


「あの車のせいで俺はものすごーく怖い思いをしたんだよ。道を歩いていたら突然、だろ。俺が物凄ーく運動神経が良かったからかすり傷一つ付かなかったけどよぅ、このPTSDをどうやって克服したらいいんだろう。」


「え?」


 展開がつかめないのは僕も同じだが、それ以上に良純和尚の行為の意味がわからない高部家の土下座している男三人衆は、脅えた顔で時間が止まっている。

 いや、動き出した。

 彼らは同じ動きで車の刺さっている自宅へと首を回したのである。

 再び顔を戻した時、彼等は「この状況を作ったのはお前だろう。」という言葉を、全員心の中で同時に叫んでいると僕は思った。


「その上よぉ、全くの関係ない俺が、お前ら三人に怒鳴りつけられたんだよなぁ。俺のガラスの神経は粉々だよ。」

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