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子供達は屠殺ごっこをするためにブタ役を決めた(馬5)  作者: 蔵前
二 ラブホテルってどこにあるの
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ひと時に影を落とす来訪者

 ぎゅうと抱きしめられたことで、ぷつんと僕の物思いが破られた。

 回想によって表情を暗くした僕を山口が力づけようと抱き締めたのだと思ったら、彼の顔は悪戯めいた表情を浮かべて良純和尚の方向へと向いていた。

 僕達を叱りに来た良純和尚をもっと煽ろうとしての行動だったらしい。


「淳平君、たら。」

「ふふ。」


「おい、てめぇら。乳繰り合いたいならウチじゃなくてラブホに行けよ。ウチから道玄坂まで歩いて行けるじゃねぇか。」


 山口の思惑通りか、色素が薄くて金色に見える瞳を煌めかせた鬼のような男が、僕達に向かって一層に吼えたではないか。

 そして吼えた下品な言葉から想像できないほど、彼の顔立ちは端整で貴族的でもある。

 高い頬骨と切れ長の奥二重の瞳を持つ完璧な顔立ちに、一八〇を超える長身で彫像のような体とは、神々しいまでに完璧で素晴らしき男性像、だ。


 そして彼が再び吼えた事で、山口がなぜ彼を煽ったのかよく理解した。

 完璧な姿の良純和尚は、声さえも人を従わせる力を持つほどの低音で深い良いという完璧な魔王の様な響きを持っているのである。

 背骨までもじんと痺れさせるほどの、それはもう素晴らしいバリトンなのだ。


 しかしその声を再び引き出したはずの山口は、良純和尚の言葉の下世話さに僕を手放して腹を抱えて笑い転げている。

 そんな山口が胸元をはだけさせて着ているパジャマは、実は良純和尚のものだ。


 僕は良純和尚がパジャマを持っていた事に驚きである。

 彼は僧侶であるためか、今着ている寝間着は勿論のこと、家での日常着のほとんどが和装であるからだ。

 彼が外出時に和装でなく洋装姿となる時は、もうひとつの仕事のためだけである。


 しかしながら、顔も体も完璧な外見の男は、和装だろうが洋装だろうが完璧に決り過ぎる。

 それ為に、格好良いを軽く通り越して「物凄く怖い」になるって、人に恐れ戦きされるという不幸も受けているのであろう。


「百目鬼さん、ごめんなさい。クロトがあんまり可愛いから。もう静かにします。本当、絶対、誓いますから許して。」


 目尻の涙を拭いながらの山口の謝罪に場が納まったかと思ったその時、インターフォンが鳴った。

 今は夜中の一時だ。

 来客するには遅すぎる時間である。


「開けてください!先生!助けて!先生!」


 聞き覚えのある声が叫びながらインターフォンを連続で押し、表の門扉を叫びの合間にドンドンと激しく叩いている。

 良純和尚は僧侶とも思えない大きな舌打ちをすると、戸口から身を翻して外へと向かって行った。

 僕はあの声に嫌な記憶と嫌な予感で、さっきまでの高揚感が失せてしまっていた。

 山口とふざけ合うのは、やっぱり「ちょっと」どころかとても楽しかったのだ。


「道玄坂に行こうか?」


 僕の様子に心配してくれての山口の言葉だ、だよね?


「ふふ。クロトが行きたいところなら、僕はどこにでも連れて行ってあげるよ。」


「あの、ありがとう。でも、いえ、あの、でも、一先ずここの布団は片しておきましょうか。」


 外の叫びから、あの人物は簡単に自宅に帰りそうもない気がしたのだ。

 あんなに必死で助けを求めている人を、僧侶である彼が追い返しはしないだろう。

 僕達は簡単に布団を畳んで押入れに仕舞い、畳まれたちゃぶ台を広げた。


「うるせぇな、帰れよ。自分ん家に帰れば安全じゃねぇか。心配なら警察行けよ。」


 良純和尚はそういう人だった。そういえば。

 自分以外の人間は、大体死のうが生きようがどうでもいい人だった。


 よく言えば豪放磊落、正確にはただの人でなし。


 それでも不思議なのが、彼は僕を知り合った九月から無条件で庇って助けてくれたのだ。

 僕が財閥に連なる子供だって知らない時から。

 彼は拾ったら捨てられないからこそ、一定の壁を周囲に張り巡らせているのかもしれない。

 だからこそ拾った僕が何者でも、彼は僕を庇護してくれるのだろうか。


 だとしたら、拾われて良かったと思う。


 彼のおかげで僕は今の世界がとても楽しいのである。


 良純和尚によって出会えた楊に、僕に出来た大事な友人の山口。

 その楽しい世界の重要要素の一人となった彼を見上げると、彼はずっと僕を見つめていたらしく目が合った。


「そんなに吃驚した顔されると。」


「あ、ご、ごめんなさい。」


「いいのに。」


 にょきっと生えるように彼は僕の真隣に現れて、僕をぎゅっと抱きしめた。


「じゅ、淳平く、くん?」


「クロトって本当に可愛い。」


「家でも駄目です。警察だって。僕達は呪われているんです。武本を虐めたばっかりに。昔の同級生がもう十一人も死んでいるんです。お願いします。先生!助けて!」


 家の前の大声による内容に僕がびくりとしたためか、山口は僕を守るように強く抱きしめ、そのうえで外の対象に向かって大きく舌打ちをした。


「ねぇ、先生!」


 良純さんが声の主に「先生」と呼ばれるのは心霊相談している先生と誤解されているからではなく、近所の道場で師範をしていた事があるからだろう。

 合気道の有段者で気に入らない人間は簡単に潰す、本気で「近寄るな危険」の人物でもある。


 でも、十一人?


「僕達が調べた時は八人でしたよね。」


 山口は僕の頭をさらっと撫でると、軽い口調でさらっと答えた。


「増えたんだ。」

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