告白
口にして佐藤はそうだと良いなとも思っていた。
可愛い人が顔を歪めて苦しむ姿が見たいだけ、そんな理由ともいえない理由で人に暴力や嫌がらせが出来る子供であったら、それは佐藤にも理解できない人ではない化け物となる。
「嫉妬で彼を憎んだのでしょうか。彼は自分が何もできない愚図だと口にしますが、人を気遣う行動や振る舞いが立派なんですよ。いざという時には自分が矢面に立とうとする強い責任感も持っておりますし。」
「そうそう。そういう子です。あなたの言う通り、嫉妬、そうなのかもしれませんね。彼は誰とも比べ物にならないほどに可愛らしい外見で、その上、勉強ができて明るくて、誰にでも優しく凄くいい子でした。私が冗談でも手伝ってと言えば手伝うし、生き物係になれば、動物嫌いなのに休みの日もちゃんとあの子だけ世話をしに来たのです。裏表の無い、礼儀正しい子供でした。」
「今もそうですよ。いい子すぎますね。」
目を細めて懐かしむように語る栢山に釣られるように葉山は相槌を打っていたが、葉山の「いい子すぎる」という言葉に少し悲しそうな響きがあったと佐藤は感じた。
「彼は元気ですか?」
栢山が心配そうに武本の事を尋ねると、葉山は誰もが安心されるような笑顔を顔に浮かべて栢山に答えていた。
「元気です。」
「良かった。この間の僕が出勤の日に刑事の方と一緒に学校に来ていて、プールをずっと悲しそうに見ていましたからね。後から迎えに来た刑事さんが大怪我をしているって言っていましたが、具合はどうなのでしょうか。」
「今は元気になって、大学にも通っていますよ。」
「よかった。あの日は本当に悲しそうで。」
栢山はお茶を飲み、悲しそうに首を振った。
「一目でわかりました?」
「判りますよ。今でも女の子みたいに可愛いじゃないですか。そういえば、虐めていた男の子達を捕まえた時に変な事を言っている子がいましたね。顔を見るとどうしてか何かしてやりたい気になるって、何なのでしょうね。」
葉山は山口が「クロトを見ると可愛がりたくなる。可愛い!」と叫んでいた事を思い出し、「山口が武本を絶対苛めないだろ?違うだろ!」と脳裏に浮かんだ山口を打ち消し、そんな風に考えた自分の思考回路を振り払うべく話題を変えた。
「ところで、アレルギーで亡くなった小島尚吾君の事を覚えていらっしゃいますか?」
「母親が最低の人間でしたね。」
栢山は鼻の付け根に醜い皺を刻んで吐き捨てるように言い、続けた。
「プール事件で小島君が主犯だとクラスで吊るし上げられたのですよ。すると、なんと、子供のする事に親は関係ないでしょうって言い放ちましたから。その二日後に彼がお弁当を食べている最中に亡くなったのですよ。そうしたらその事の緊急保護者会の時に、給食を食べさせた学校の責任だって、息子を責めるあなた方に心を病んで勝手に給食を食べて自殺したんだって、そう言い放ったその足で教育委員会に突撃して、息子が学校に殺されたと訴えたのです。」
「凄いですね。本当にそんな人がいたのですか?」
佐藤は小島の母の逸話に信じられない思いで聞き返していた。
「教師全員頭を抱えていましたよ。そんな親ばっかりでしたから。林君のお父さんは警察官でしょ。武本君がふざけて溺れたって事で収束させたました。親達は近隣の学校の保護者達に武本君の素行が悪いと嘘をばらまいた。それで彼は中学まで学区を変えられずに、卒業まで半年も学校に通えない子供です。かわいそうに。」
栢山は本当に武本の事を思いやってくれているようだと葉山と佐藤は感じ、その栢山自身は当時を思い出したのか涙をこぼし、そのためにしばし話は中断され、当時を知らない教頭の比内を含めて皆やるせない気持ちで茶を口に運んでいた。
そんな時間が暫し流れた後、栢山は突然にポツリと告白したのである。
「それで、藤井君を殺したのは私です。」
ガシャン。
葉山も佐藤も教頭も全員で茶碗を落として割ってしまった。
「では、私を逮捕してください。」
自分の引き起こした周囲の混乱にも無頓着な様子で、栢山は両手を手錠を望むように葉山達に差し出した。
佐藤がとりあえず手錠を嵌めようか迷った時、冷静な葉山がすっと差し出した右手で栢山の両手を抑えて微笑んだ。
「まずは、状況を教えていただけますか。」
栢山は両手を差し出したまま頭をがっくりと下げると、ぽつぽつと喋りだしたのである。
「……階段で、病院の非常階段で、煙草を吸っている彼を見かけたのですよ。久しぶりの彼の姿を目にした途端に武本君への所業を思い出してしまって、つい、あの頃のように大声でコラと怒鳴り付けてしまいまして。……。そうしたら驚いた彼が階段を転げ落ちてしまって。」
「死んだと?」
「はい。」
「それでどうして今更告白をされる気になったのですか?」
「あの子があの日に叫んでいたのです。殺されて死んだ僕が皆を殺しているって。」
「そうですか。あの子はそんなことを。」
栢山は顔をあげて葉山に必死な目を向けた。
その目の下の隈は栢山が何日も眠っていない事を訴えており、葉山に栢山の玄人への深い罪悪感を伺わせた。