戻った日常の中の違和感
「慰安旅行って何それ。僕を騙して好き勝手に暴れて豪華香港旅行ですか?酷い!」
山口は急に出来たお父さんお母さんの面々に対し、喜ぶどころか激怒するだけだ。
それでも厚顔な公安の面々はニヤニヤしながら嫌がる山口の体を軽く叩いたり、頭を撫でたりして、山口を子供のようにからかっていた。
「百目鬼さんこそ。僕はあなたを信じていたのに騙すなんて!」
「誰かがクロのお守りをしなきゃならないからな。四六時中クロといるより、俺達と一緒が良かったか?」
山口はわかりやすく、グッと、言葉を詰まらせてしまった。
「俺達は見ていたからな、楽しそうなお前の顔をさ。可愛い子じゃないか。」
加賀がいやらしく山口に囁き、彼を振り払った山口は顔が真っ赤だ。
「武本物産のお嬢さんなんて、あんた逆玉ねぇ。」
田辺がいやらしいオバサンになっていた、が、あれ?まさか誤解している?
俺が思わず髙の顔を見ると、目の合った彼は悪戯な表情をして肩を竦め、髙の隣の加賀は背中を向けて笑っていた。
あの性格の悪い二人は、敢えて黙って仲間の誤解を喜んでいるようだ。
病室の扉が開き、巨大な花束を抱えた馬鹿が現れた。
玄人は俺に気づくやぱあっと顔を華やかせ、犬のように一直線に俺に駆け寄ってきた。
花のような可憐な美貌の彼の腕に抱えられた色とりどりの花々は、彼をさらに彩るようにふさふさと揺れている。
この花盛りの病室にまた花を増やそうとは、本当に馬鹿な子だ。
しかしながら、数日振りの玄人の姿に、俺はかなり癒されていく自分を認めるしかなかった。
「良純さん!どこにいらしていたんですか?僕に全然返信なくて、凄く、凄く心細かったのですよ。良純さんがいなくなったら、僕のご飯はどうなるのって。」
「お嬢ちゃんは可愛いねぇ。ご飯でいいなら、オジさんがおいしいお店に連れて行ってあげようか。」
商社マンの夜の顔を表した樋口が、本気で嫌らしいオヤジ風に玄人に絡んだ。
すると、玄人は「きゃう!」と変な声をあげて、持っていた花束を樋口に投げつけるや、当たり前のように一目散に俺の後ろへと逃げてきた。
これぞ、戻って来た日常だ。
「ぼ、僕はれっきとした男の子です。それで、僕は良純さんのコバンザメで百目鬼組です。」
本当に久々の馬鹿である。
しかし、癒されながらもコイツのお陰で山口が揶揄われるよりも、俺が彼らに変な目で見られている可能性が高いなと、視線を向けたらその通りだった。
彼らは俺が小姓を抱える助平坊主だと語る目線で俺を凝視しており、しかし俺が舌打ちをする前に、佐々木の呆然とした声によってありがたいことに周囲の空気が変わった。
「……男の子……だったんだ。」
佐々木に呼応するように、樋口までもが本気に口惜しそうな声を絞り出した。
「こんなにかわいいのに、男だなんてもったいない。」
「いや、でも、こんな感じだったら僕は出来るかもしれない。いや、出来るね。」
何を?しっかりしろ、野田!
「そう言われればそうかも。いや、逆にこの背徳感な感じが尚更煽るのかな?ねぇ、やっぱり僕と遊ばない?色々教えてあげるよ。」
樋口が再び玄人へ誘いをかけ、そんな公安の面々のからかいなのか本気なのかわからない煽りに、武本はまん丸の目になって、俺の後ろでふよふよと挙動不審な蠢きをする生き物になっていた。
それにしても、何だ?この部屋は。
どこかの開店祝いのようだ。
四人部屋の半分を、花と見舞い品で占領しているのだ。
「いい加減にやめてくださいよ。クロトは僕の物ですからね。百目鬼さんは彼のパパなだけで、僕が恋人ですから。手を出さないでください。」
あぁ、懐かしい馬鹿だと、俺は呆れるよりも人心地が付いたのだが、玄人は俺の後ろからものすごい勢いで飛び出し、なんと、山口を両手で突き倒した。
突かれた山口は、嬉しそうに笑い声をあげながら、わざと大げさにベッドに転がっている。
これは俺が知らない上に、俺の想定管理には無い世界である。
「恋人って、淳平君こそ何を言っているんですか。僕はお馬鹿は嫌ですからね。」
「ハハ、本当に恋人同士みたいだね。」
俺の内心と同じ内容の言葉を弱々しい擦れ声を出したのは、山口のベッドの隣に横になっている男であった。
俺は葉山が深酒をしすぎた人間のような喋り方をした事に玄人と山口への感慨を忘れるくらいにびくりとしており、彼のベッドサイドへと急いで向かった。
両足と肋骨三本の骨折の重症だと聞いていた通り、せっかくの整った顔立ちに色とりどりの痣と裂傷が残っていて痛々しいことこの上ない。
だが、顔の傷はそれほど残らないだろうと、俺は確信して安心もしていた。
葉山は実直な振る舞いばかりの間抜けのようでいて、実は楊のような小賢しさもあるので、俺は彼を気に入っているのである。
「車に突撃されてこの程度って、お前は頑丈だな。」
俺の言葉に葉山は嬉しそうに笑い、彼のベッド脇に座っている美人も釣られて笑った。
しかし、葉山の顔の左側の動きが悪い。
「俺は、左側が駄目になってしまったようです。」
麻痺があるからか不明瞭な言葉であったが、俺にはしっかりと聞き取れた。
いや、俺自身が、駄目になったんだな、と見たままに受け入れてしまっていたからかもしれない。