あの日の俺達
さぁ、久々の日本だ。羽田に着いた!
「さぁ報復もした。墓代も稼いだ。後は葬式だ。山口の為にきっちりといい式をあげて、いい墓を建ててやろうじゃないか。そうだろ、みんな。」
声を掛けて俺が振り向くと、元公安と現公安の六名は沈みかえっているだけで、既に山口への葬式状態だ。
「百目鬼さん。あなたの協力と作戦で、僕達はロシアンマフィアに内部抗争を起させることも出来たし、その上横領した奴らの金で香港とマカオで豪遊させてもらいましたがね。それでもやっぱり、山口が可哀相で。あいつまだ二十七ですよ。」
一番の強面顔の佐々木が涙顔になって足を止めた。
俺は早く家に帰りたいのだけどね。
「日本で銃撃するとは想定外だよ。何やってんだよ、入管はよ。」
大声で叫んだのは一番小柄な野田だ。
彼は小柄だがかなりの使い手なので、騒ぎたいだけ騒がせることにした。
「命令したそいつは仲間に惨殺されたんだ。山口があの世からちゃんと仕返ししたんだろうぜ。」
吐き捨てるようにマフィアの死を語る男は樋口だ。
商社マンの無害な男にしか見えない彼は、無害どころかかなりの毒舌持ちだ。
「あいつをさ、公安に引っ張らなければ良かったんだよね。ついさ、山口の息子だと思ったら可愛くて。傍に置いておきたかったんだよねぇ。」
しみじみとした情が深い語り口は、常に皮肉そうな顔つきの加賀とは皮肉である。
「今更言っても仕方ないじゃないの。せめて葬式ぐらいは皆であげてあの子を送ってあげましょうよ。でも、あの子は私達に一度も本当の顔を見せてくれなかったわよねぇ。あんな可愛い顔で微笑むことが出来る子だったなんて。もったいない。」
紅一点の田辺だ。
年齢不詳でそこらのオバサンにしか見えないが、強い。
ロシアンマフィアの手下を一度に三人も涼しい顔で再起不能にした女だ。
最近の俺が絶対に逆らいたくない女でもある。
この、髙が連れてきたこいつらは、「山口保護の会」の面々だ。
山口はお父さんお母さんを沢山持っていたようで、俺は彼らを髙から紹介され、この計画を立案して共に実行した。
まず、休暇を取った山口に玄人のお守りをさせると、四月八日の夜には大人だけで最終確認の会を催した。
「あの幹部候補生のセルゲイって奴は、父親を半殺しにした山口が怖くて自分で手を下せない弱虫野郎でね。マカオの請負に委託したようですねぇ。武本君を襲ったのはそいつらですよ。」
樋口が鼻で笑うように言い捨てると、田辺が後を継いだ。
「依頼人のセルゲイと大使館の奴が従兄弟よ。マカオに請負したのがバレるのが格好悪いのか、さっさと檻から出すように圧力掛けて。こいつも何とかしたいわねぇ。」
田辺がマカオの三人とセルゲイとその従兄弟の大使館員のエフゲニーとやらの写真を放った。
その写真を各々回し見をすると、髙がもう数枚の写真を放り地図を開いた。
「こっちの三名がセルゲイの側近。それでこっちの写真が奴らの金庫の一つの倉庫ですよ。僕達の第一会場だね。」
まずは、ロシアンマフィアの倉庫を空にして、それで出来た金の幾らかを山口を狙う幹部の口座に入金する。
奴の手下は潰した後に適当なコンテナに入れて海外に放り、セルゲイは何も無い倉庫で目覚めるのだ。
空になった倉庫の様子と、元は倉庫の品であった金の装飾品でミダス王のように飾り立てられている自分の姿の対比に、目覚めた彼はさぞ驚き慄いた事だろう。
このままでは裏切り者と断罪されると。
間抜けな男はその装飾品を幹部に返して申し開きをするという道を選ばずに、装飾品を逃走資金にして脱兎のごとく逃げ出すという道を選び、自分自身の処刑執行にサインをしたのである。
次に山口を狙う実行犯の始末だ。
山口と玄人を囮にして放ち、襲われたらその場で警察が確保するだけのはずだったが、奴らは日本でやってはいけない事をした。
銃撃だ。
それも、サイレンサーを使ったのだ。
俺達の目の前で山口が銃撃され、山口が血花を咲かせながら地面に崩れ落ちたのを目の当たりにさせられたのである。
「心臓は外れたが左肺じゃないか!あの血の量とあの傷じゃあ、あいつは助からないよ!」
野田の叫びに呼応する前に、シッ、と鋭い音を出した男がいた。
表情ひとつ変えずに山口の惨劇の現場から目を離さない男は、天気を語るようなのんびりとした口調で言い放ったのである。
「皆さん、懐があったかい今こそ海外旅行をするべきですよね。」
「おい。お前の秘蔵っ子が倒れた今こそ俺はクロのそばに。」
ぽんっと肩を叩かれ振り返ると、加賀が自分の耳の無線のイアホンを指し示しながら顎をしゃくって俺を促した。
「救急車だ。山口と武本君は今すぐにこの近くの救急病院に搬送されるそうだ。後は坂下君が引き受ける。髙の言うとおりに行こう。」
海外組織と繋がりのある反政府勢力が金目当てに武本玄人を狙っていると、公安からのご注進として事前に坂下に情報を流してあった。
加賀が坂下との渉外を受け持っていたのである。
玄人も山口も気づいていなかったが、彼らは坂下の包囲網で守られており、俺達は彼らの安全と計画の完遂を確認するためだけにその場に居合わせていたに過ぎなかったのだ。
だが、坂下をもってしても防げない、公安達にだって想定外の銃撃が市街で起きたのである。
一般市民でしかない俺に何が出来ようか。
山口が加賀の言うとおりに救急車に乗せられた所で、俺は玄人の無事は疑うことなく、しかし、山口が受けた暴力に怒りを滾らせながら現場を後にするしかなかったのである。
ところで、一緒に行動していたはずの田辺が、飛行機の手配から全て、俺達が羽田に着くまでに仕上げていたのには驚きだった。空港で俺は自分の写真のある他人のパスポートと着替えの手荷物までも手渡されたのである。こいつらは俺を犯罪者に仕立て上げることは朝飯前だと、思わず髙を睨んだ程だ。
けれども彼は無表情のまま、俺の視線を流しただけであったと思い返した。