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子供達は屠殺ごっこをするためにブタ役を決めた(馬5)  作者: 蔵前
十五 僕達はこれで終わりにする
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人であるために、僕達をここで終わりにする賭けだ

 柴崎は遅かった。

 タイミングが悪すぎた。

 柴崎が見る事になった光景は、殆んど坊主に刈上げられた頭に、顔にも体にも醜く悪戯書きをされ、殴られた痣がペイントのように色とりどりに全身に浮かぶという、哀れな遺体に取りすがる早川家の姿である。


 メグミは玄人が大好きで、玄人もメグミが大好きだった。


 柴崎は仲良しの彼らの仲間に加えてもらう形で友達になったが、幼稚園から一緒だったという彼らの仲の良さには完全に入り込めず、日ごとに嫉妬心と疎外感を抱いていたのである。

 メグミの引越しは柴崎には福音どころではなかった。

 けれども玄人はメグミの事を思い出しては沈みがちになり、柴崎はそこにいないメグミを強く憎んだ。

 彼が玄人の家の郵便ポストにメグミの手紙を見つけて盗んだのは、そんな気持ちからであったのだろう。


 柴崎は玄人を完全に独占したかったのである。


 優しくて賢くて、なぜかキラキラと輝いてまでいる、柴崎の憧れの少年。


 柴崎は外山のチャットを読みながら、全て自分の責任だと過去を思い出しながら思い知らされていた。

 彼らがここまで玄人やメグミを憎んだのは、柴崎がメグミの本当の手紙を隠して嘘の手紙をでっち上げたからだ。

 クロちゃん以外は全て大嫌いだった、という手紙だ。

 玄人が柴崎には憧れであったと同じくらい、誰よりも美しく賢い少女だったメグミは、クラスの憧れでアイドルでもあったのである。


「ごめん。ごめんなさ……い。メグミちゃん。クロちゃん。君達の不幸は全部僕の責任だ。ごめん、秀君。ごめんなさい。」


 玄人を沈めた彼らは玄人への殺人を喜んでいた時のように、メグミのレイプを鑑賞し、煽り、楽しんでいたのである。


「昨夜のチャットも読んでみて。死んだ外山君は参加できなかったけれどね、他のお友達は楽しくやっているよ。」


 凍ったような早川の声に、柴崎は冷たいものを感じながらできる限りの速さで指を動かして検索をした。


「……なんてことを。」


 驚く柴崎に呼応するようにゆっくりと車が停車した。

 柴崎が運転手を見返すと、早川は出会った頃の、メグミの死で復讐の覚悟を決めたばかりの思い詰めた顔つきをしていた。


「秀君?」


「ごめん。ここで降りてくれる?僕はね、やっぱり怖いんだ。あいつらのようになっていく自分が怖いんだよ。許せないから殺し続けるのは確実だ。それでもそう思っているだけで僕は人を殺したいだけなのではないかって。だから、だからね、僕はこれから今日で終りになるか賭けをする。それに君までもつき合わせられないよ。君はクロちゃんに会えれば終りにできるでしょう。」


 柴崎はゆっくりと目を瞑った。

 あの日、現在の玄人の住む高級マンション前で柴崎はずっと逡巡していた。

 玄人に謝りたいがここにきて嫌われたくないとの想いで、彼は動けなかったのだ。

 いつの間にか日が暮れて、人の気配に慌てて不審者のように原付ごと薄暗闇に身を隠した。

 そして、彼が隠れる羽目になった人の気配は、柴崎が逢いたかった玄人のものであった。

 玄人は罪人のように頭を下げ、のそりのそりと、今の柴崎のような鈍い動きの歩みで彼の目の前を歩いて行ったのである。


 亡霊のような、亡霊そのものでしかない玄人の姿。

 輝ける彼は柴崎によって殺されて、粉々に破壊されてしまったのだ。


 その後、早川家の慟哭を目にした柴崎は、逃げるように再び原付を走らせていた。

 気づけば彼はメグミが沈んだ池へと原付を走らせていたのである。

 いつの間にか水の中にいるような大雨に打たれながら、柴崎は涙を流しながら彼自身を池に沈ませていたのだ。


「ありがとう、秀君。でもね、僕は彼に一生会えない。会える訳がない。だから僕も君と一緒にその賭けに乗るよ。君と一緒にいる。君と一緒に終わりたい。」


 早川は微笑み、再び車は走り出した。

 柴崎にも見慣れた個人商店街の立ち並ぶ大通りに車が入ると、早川は柴崎の手からスマートフォンをつかみあげ、車窓を開けると勢いよく外へと放り投げた。

 スマートフォンは通りを歩く女性の顔面に勢いよく当たり、その中年女性は鼻から血を噴出して座り込んだ。


「ちょっと、秀君。見ず知らずの人に。それは僕達のルール違反でしょう。」


「はははは。あの女は見ず知らずじゃないよ。最低な人間。丁度いい所にいてくれて有難かったけれどね。僕達はこの賭けに勝ったかもしれない。」


「誰?」


「屑だよ。ただの屑。ほら、パトカーが動いた。」


「そこの自動車止まりなさい。そこの軽。止まりなさい。」


 ルームミラーを覗くと、後方の小道から回転灯の灯りをつけたパトカーが大通りに乗り入れて彼らの車を追跡し始め、早川は笑い声を上げながらアクセルを強く踏んだ。

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