最後の賭けをしようよ
子供達は屠殺ごっこをした。
豚を決めて、よってたかって遊び仲間の一人であった子供を殺したのだ。
大人達は善悪の分からない子供のやる事だとして、彼らの起こした殺人を咎める事はしなかった。
「何?それは?」
柴崎は車を運転する相棒の呟きに尋ね返すと、彼は「グリム」だと口にした。
「グリムって、グリム童話?」
「そう。あれは創作ではなく民話集でしょう。グリム兄弟が集めた昔の寓話。あいつらと似ているだろう。殺人をしたのに子供だからって、誰も彼らを咎めなかった。咎めるべきなのに。あいつらは、人殺しの高揚感が忘れられずに同じ事ばかり続けている。誰もクロちゃんやメグミへの仕打ちを反省もしていない。あいつらは、楽しかった、それだけだ。」
「秀君。」
柴崎は悲しい思いでメグミの兄である早川秀見つめていた。
復讐をしている間は彼らは高揚感によって全てを忘れていられるが、完了した後は空しさと後悔しか沸きあがらない。
それだけでなく、殺戮を繰り返すたびに感じる高揚感を求め始めている己をも感じ始めているのだ。
「ねぇ、君はここでお終いにしようよ。あとは僕がやる。君は家に帰って。そんな風に考えられる今なら君は元に戻れるでしょう。僕が全部罪を被るから。」
「ここまできて止めれる訳がないでしょう。君に全部を被せるって事自体大概だよ。それにさ、あの林もそうだけど、外山も自業自得ってのがね。処刑できなくて残念だよ。」
柴崎は相棒ではなく、窓から車の進む方向を見つめた。
彼らの車は最後の敵の所へと向かっている。
最後の敵でもないか、と柴崎は思い返した。
彼を殺しても柴崎も秀にも終わりに出来ない事が分かっている。
誰かを殺した所で、自分達の憤る気持ちが治まることなど一度もなかったのだ。
このままでは、本当に柴崎達は当時のクラス全員を殺さなければならなくなる。
それでも自分は終れるのだろうかと、柴崎は空しく考えた。
「全員殺すよ。」
「話が違うじゃないか。最初は君の妹が自殺した原因とクロちゃんをプールに沈めた実行犯だけだって約束でしょう。」
「全員だよ。全員。メグミのレイプ動画はあいつら全員で喜んでいた。囃し立てて、そこにいなくても奴等は全員参加していたんだよ。」
「初耳だよ。どこでそんな情報を?」
運転している秀が、柴崎の膝に乗るようにスマートフォンを優しく置いた。
早川は柴崎の動作が普通以下のスピードになっていることも、反射反応が鈍いことも熟知しているのである。
柴崎は二年前に自殺したメグミの後を追うように、彼女が自殺した池に飛び込み、そして、死ねなかった彼は今でも動いている。
柴崎も自殺に走った理由は、罪悪感だ。
柴崎の間違った行動によって、玄人もメグミもあのクラス全員に憎まれて壊されてしまったのである。
自分の上手く動かない鈍く重い腕で膝の上のスマートフォンを取り上げ、柴崎はそのスマートフォンの電源を入れた。
「チャットを。二年前のチャットの履歴が残っていたよ。読んでみて。」
「解錠ナンバーは?」
「あいつの誕生日の1125。」
早川の答えを聞きながら番号を打つと、外山のスマートフォンは開き、柴崎は外山の使用していたチャットのアプリを呼び出して二年前の履歴を検索し始めた。
「日付はメグミがレイプされた日。クロちゃんが沈められた日。なんて偶然。」
メグミは高校三年の夏休み明けにレイプされ、そのまま自宅に帰らずに自宅近くにある池に沈んだ。
模試で出会った松崎美喜と鈴木麗子が同窓会だと騙して彼女を呼び出し、その場でメグミは外山と藤崎にレイプされたのだ。
柴崎はメグミが自殺して池に浮かんだ同じ日に、武本玄人を訪ねていた。
しかし、彼が住んでいた古い集合住宅は焼け焦げた廃墟となっており、彼は玄人に会うことが出来なかったのである。
現在彼が住んでいる場所はすぐに知ることが出来たが、その事を教えてくれた人物が、玄人のプール事件までも教えてくれたのである。
小学校で玄人どころか、柴崎の事を最後まで庇ってくれた用務員の栢山である。
だがしかし、柴崎は栢山の語るプール事件を聞くや玄人の下へと走ったのだが、そこで手遅れであることを思い知らされた。
だからこそ柴崎は彼だけが知っていた早川家へと原付バイクを走らせたのだ。
彼女にだけは謝るために。
メグミが死んだ日その日だと知らずに。




