不幸を受けるのは僕が余計な生き物だから
僕の交友関係を断ち切る度に、母は僕に同じセリフを繰り返した。
「あなたがまた虐められたら怖いじゃないの。」
僕が十二歳の時に虐めで殺されたことを引き合いに出されては、僕のことで苦しめた彼女を弾劾することなど一切できやしない。
学校で仲良くなりかけた人間との電話は繋がない、親戚の手紙までも処分して、僕を自宅の部屋に閉じ込める事だけに腐心しているのも、全て母の愛だと思えば、他人のような僕に彼女に何が言えるのだろうか。
彼女の悪意でしかなかったとしたら?
だとしても僕は何も言えないだろう。
彼女にとって最愛の息子は、きっと十二歳のその時に亡くなった玄人でしかなく、目を覚ました僕が記憶喪失では無くて、ただの別人だと気付いているからこその彼女の仕打ちなのかもしれないじゃないか。
大事な我が子の肉体は家に閉じ込めるが、大事な我が子を乗っ取った悪鬼に幸せは与えない、そんな理由の。
そんな玄人に深い愛を注ぐ母であるが、その伴侶の父の玄人への気持ちは、パラドックスを感じるぐらいに母とは違う。
人の話を総合すると、玄人に対して愛情を見せた事のない男であったようなのだ。
母の僕への仕打ちを咎めたことは無いのはそういう事かと、認めるのはとても悲しかった。
僕は母との和解は無理でも、父にはいつか僕を認めてくれるような、そんな望みを抱いていたからだ。
良純和尚は実親を捨てて俊明和尚の養子となったが、彼も実親を捨てる時は悲しかったのだろうか。
僕みたいに悲しかったから、彼は実の親を捨てたのだろうか。
僕が良純和尚から離れられないのは、実の両親を捨てる事も彼等から捨てられる事も僕には耐えられないと逃げているからかもしれない。
けれど、僕が逃げていたものを真っ向から破壊した、僕の祖母という存在がある。
彼女は僕が両親から受けていた身の上を知るや烈火のごとく怒り、両親の経済的基盤を破壊する勢いで彼等を追い詰めたそうだ。
花房と言う財閥の令嬢だった彼女は、武本家など二つも三つも簡単に潰せる程の財力を個人で所有しており、財力だけでなく財界の横のつながりも強大である。
ただし、母も父も成人した大人なゆえに、叱られて終わりでは無かった。
腹いせだって出来るのだ。
彼らは祖母に叱られたその日のうちに、まるで遅かりし自立の真似事をするかのようにして、父のライフワークであるホピ族の保留地へと夫婦で仲良く旅立ったそうだ。
そのために自宅マンションに僕への罵詈雑言が落書きされて、マネキンの壊れた部位が僕の家のポーチに当たる場所にばらまかれていたことに気が付かなかったのである。
いや、知っていて面倒だから逃げたのかな?
とにかくそのごみの処理をしなかったがために、マンションが契約していた管理会社、立松警備の立松社長が僕を殺そうと誘拐するという事件に発展してしまったのだ。
僕の罵倒に使ったバラバラのマネキンの配置が、立松が過去に殺して埋めた死体の事を立松に思い出させるなど、普通は考えもしないよね。
だが、マネキンをばらまいた人間の目的が立松を追い込む目的だったのだから、他の人間が気が付かなくて当たり前だ。
また、落書きが僕を名指ししていたのは、その状況を作った犯人が僕を巻き込みたかったからでもある。
違うな。
巻き込みたかったのは僕のはとこの長柄裕也であり、犯人は僕を巻き込むことで裕也の経営する長柄警備を巻き込みたかったのである。
しかし、良純和尚の見解では、犯人もここまで僕が巻き込まれて陰惨な目に遭うとは考えてはいなかっただろうという事だ。
「いたずら書きを頼まれたガキはお前と同じマンションの奴だろう。普通はあの今井ってガキを立松が締めてお終いだ。立松が無能すぎたのかね。南部って奴も目的が逸れたら最初から素直に裕也に助けを求めればいいだけなのに、意味がわからないよな。いいな、意味がわからないことにお前は自分のせいだって一欠けらも思うなよ。」
思いたくもないが、だけど、裕也が親友の南部の婚約者をどうしても受け入れられなかったのは、彼女の妹が僕が十二歳で死にかけた原因であるいじめをしていた一人だったからである。
裕也と南部が袂を分かったのも、長柄警備にリストラされた父親が立松警備に再就職したために南部の婚約者が立松に横恋慕されたのも、確実に僕が由来なのである。
僕はやっぱり母が厭う理由ともなる、人に不幸を与えるだけの生き物なのだろうか。