葉山
葉山が横になっていたのは、広い広い個室だった。
髙が入院していた時のように、四人部屋なのに誰もいなくて個室になってしまった、そんな広い個室だ。
否、隣に山口が寝かされたので、広い二人部屋になったといえるだろう。
ついでに山口が入室した事で出入り口には警護の人間も立ったので、これなら葉山も葉山の姉も安心だろう。
そして僕達が部屋に落ち着いた時には葉山は目覚めており、僕らの様子を見てフフってかすかにだが声を出して笑ってくれた。
楊は葉山の笑顔を見て安心したのか、僕を病室に残してすぐに署の方へと戻っていった。
葉山の姉の高部真砂子は、葉山のベッドの傍にじっと座っていた。
葉山より柔らかい輪郭で、それでも葉山のようにしっかりとした顔立ちの気の強そうな美人である。
しかし今は打ちひしがれて、とても弱々しそうだ。
「葉山さんを轢いた犯人は捕まったのですか?」
「えぇ。楊さんがいたから、その処理は全部彼がしてくれたわ。ただね、弟に脅されていたから判断力を失ったからだって言い張っている。本当に、情けない男。」
最後には言葉を吐き捨てるようにして彼女は答えたが、この怒りは夫ではなく自分自身に対してだろう。
「お姉さん、大丈夫だよ。友君は元気になるし、僕達がお姉さんに付いているから。もう二度とこんな事はさせないし、ちゃあんとごめんなさいをさせてあげる。」
山口はいつもの顔でいつもの声で喋るが、彼がにじませた殺気にびくりとした僕は、反射的に彼の腕を叩いてしまっていた。
「いたっ。クロト酷い。」
「まだ動けない怪我人でしょう。あなたも。」
「ははは。そうなの。だからさ、いろいろなあれやこれやはね、友君が動けるようになった頃かな。ねぇ、一緒にやろうか。」
山口は隣のベッドの葉山に拳にした右手を伸ばした。
葉山はそんな山口を横目に見て、ふふっと声を出して笑ったが、にやりと笑った顔は痛みによるものなのか少し引き攣って歪んでいる。
それから彼は山口の拳に答えようとしたのだが、点滴中の左腕をほんの少しだけビクリと痙攣させるにとどまった。
「ごめん。トモ、ごめん。」
僕は山口と葉山に「いいなぁ。」と感じていたので、満身創痍の若者達の姿に感極まったではなく罪の意識で泣き崩れ真砂子に驚くばかりで、慌てて彼女の手を引くと、彼女を病室から連れ出す事にした。
「あの、待ってください。勝手に動かれては。」
病室の戸口前で警護していた警察官が座っていた椅子から立ち上がり、大きく太く長い左腕を遮断機のようにして僕達を制止した。
かなり大柄の制服警官で、仁王像のような威圧感のある姿に、僕は恐れを抱くどころか惚れ惚れと見上げていた。
だからなのか、僕は珍しく初対面の相手にしっかりした声が出せていた。
「何でしょう。」
「いえ、あの、だから、それは。」
大男は顔を真っ赤に染めるだけで、いや、普通以上にしどろもどろしているのだ。
いつもの僕の立場のようだ。
しかし僕は彼を思いやるどころか、はっきりしろと言いそうだった。
僕は良純和尚よりも堪え性が無い時があり、葉山や山口の大怪我に真砂子の混乱を対処しようとしている事もあるのだから、大男の躊躇いに堪えられるわけはない。
「どうしたの?僕はそこのナースステーションの前の談話スペースに行きたいだけなの。ここから僕を見張れるならいいでしょう。」
珍しく僕は強い口調で初対面の人に言い放ち、自分でも自分の行動に驚きながらも目的地の談話室を指さすと、制服警官はぐいんと音がするほど僕に頭を下げた。
「申し訳ありません。どうぞ。」
僕に下げられた黒々とした豊かな髪を持つ大きな頭は、体に見合う程本当に大きく、僕はつい、その頭に触れてしまった。
つむじのあたりをポンっと気安い感じで。
「ダイゴ、君はかしこまりすぎだよ。」
再びぐいんと頭が持ち上がり、仁王像のような男は幽霊を見ているような顔で僕を見ており、僕も僕自身勝手に出てきた言葉に驚いていたので、とにかく真砂子の腕を掴み直すと、警官に言葉もかけずに談話室へと走っていた。
大体、「ダイゴ」って誰?