相違していたあいつら
楊から返答がない事で、僕は返信のない葉山への不安がどんどんと増して行った。
「かわちゃん?」
「葉山ね、あいつは相模原の病院だ。」
「どうして病院ですか?葉山さんはどうしたのですか?」
楊は暫く天井を見上げて、それから僕達に向き直った。
「姉が亭主に暴力を受けていてね。あいつは姉を匿っていたんだよ。それで、あいつは空手の有段者だろ?怯えた相手が車で葉山を轢いたんだ。……命には別状ないから気にするな。いいな、山口は自分の体を治すことを一番に考えろ。」
僕は力が抜けたようになって山口のベッドに腰を降ろした。
ベッドが虚ろなぽすりという音を立てる。
そして僕が動けなくなったと反対に、大きく動き出したのは山口だ。
彼は布団を撥ね退けると、ベッドから飛び降りようと両足を持ち上げたのだ。
彼が床に足を付くことなく足を宙に浮かせた格好で、ぼすんと背中からベッドに逆戻りしたのは、楊によって山口が押さえつけられたからである。
「俺、友君の所に行きます!退院させて下さい。だって、あいつらは!」
宙に浮いていた足は床に下ろされ、山口は再び起き上がろうと藻掻くが、山口の上半身は楊に完全に制圧されていた。
僕は右手一本で山口を押さえている楊に驚いていたし、こんなにも普段のおふざけが無い彼の姿も僕には初めてであった。
これが、本当のかわちゃん?
自分の言うことを聞かない部下に一切怒りを見せないばかりか、静かすぎる目で山口を見つめて彼の動きを封じているのである。
「俺じゃあ何の足しにもならないって思っているのかな。」
山口は撥ね退けるのでもなく、自分の左肩を押し付けている楊の手の甲にそっと右手で触れ、そして楊の目に視線を合わせた。
「……いえ、あの、すいませんでした。課長。」
「あ、なんか絵になる。かわちゃんがかっこいい。」
僕は自分の考えなさの行動を瞬時に反省した。
せっかくの様になる楊と山口の緊張感が一瞬で瓦解し、彼等は兄弟のように同じ表情を顔に浮かべて僕に同じタイミングで顔を向けたのである。
周囲に鈍感となる鬱の人間でも、あからさますぎて絶対に気付かされるだろう、こいつは馬鹿?って顔だ。
「褒めたのに!酷いです!」
僕は逆切れするのが精一杯だった。
しかし彼らは僕のお陰で気持ちが落ち着いたのか、楊は山口を開放し、山口は床に下ろしていた長い足を僕に見せつける様にしてベッドに戻した。
「葉山の事故は俺が責任をもって高部を追い詰める。それに、佐藤も水野も勘が良い奴らだからな、お前らがいない穴を何とかしのぐさ。」
「高部の親父と弟もDV野郎だから心配で。真砂子さんを一人にできないなって。」
二人は同時に言葉を言い放って、どちらも山口の口にした「あいつら」について意思の疎通ができていなかった事に同時に気づいたようだ。
彼らは同じタイミングで顔を見合わせ、それから同時に叫び出したのである。
「畜生!真砂子はフリーじゃねぇか。」
「うわあ!今すぐ退院!」
山口はナースコールを押すや「退院」と応答者に叫んでおり、楊はスマートフォンで必死に真砂子の保護を求めているが、恐らくかけた先は佐藤か水野であろう。
彼女達に守らせれば確実に大丈夫な気がしたが、山口も楊も落ち着くこともなく、山口などは退院用の着替えもないのにパジャマを脱ぎだしている。
「えと、二人とも落ち着いて。ヘリを呼べば直ぐですから。」
なぜか僕の言葉に山口と楊は固まってしまった。
山口が安静にしてくれるのは良いが、ブリキ人形のような動きで二人同時に見返えされるのはとても居心地が悪いものだ。
「えっと、どうしたの?」
「ヘリ?ヘリって言った?え?クロトがヘリ言った?ヘリ呼ぶって言った?」
「ヘリコプターのヘリ?武本くん。ハイヤーじゃなくてヘリ?呼べるの?君。」
先程よりも混乱しているかのような、間抜けな二人になっている。
「ヘリコプターですよ。モチロン。武本は日本全国どこにでも商品をお渡しできるように準備態勢はばっちりなんです。長柄運送のヘリを使えます。」
「長柄運送?ヘリを呼んで大丈夫なの?」
山口が驚いた声を出したので、僕は彼が知らないのだろうと彼に説明をした。
「長柄は祖父の代に起こして暖簾分けした親族会社です。少し自由が利きます。」
「いや、そうじゃなくて、君は払えるの?」
山口は僕の懐を心配してくれていたらしい。
花房の高級弁当を用意した時も僕が一人で支払を持ったと思い込んで、憤慨して財布を出そうとしてくれた友達がいのある人だ。
僕は僕をこんなに思いやってくれる友人を心配させたくはないと、すぐにヘリを呼べる種明かしをすることにした。
「はい。この間の怪我をネタに、裕也君に払わせます。あの馬鹿は自分のせいだって落ち込んでいるから何かを強請れって、良純さんが言っていたからいいかなって。」
二人は喜ぶと思ったが、山口は物凄く嫌そうな顔になり、楊はがっかりとした顔つきだ。
「え、どうしたの、二人とも。」




