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幸せの中にぽつぽつと不在者がいる

 僕は目の前に燦然と輝く島田ホテルを眺めながら、なぜ坂下がここに僕を連れ込もうとしているのだろうと小首を傾げた。

 だって、病院から島田ホテルまで車で十五分もかかったのだもの。


「えっと、病院から歩いて五分も掛かりそうも無い所にビジネスホテルがありましたよね。どうして車で十五分かけてまで五つ星の島田ホテル?」


「安全だから。君の島田正太郎おじいちゃんがぜひにって。それにね、要人の移動は歩かせるよりも車移動の方が安全だからね、これは鉄則。君は安いホテルと徒歩の組み合わせで襲撃を受けて、俺の部下を殺したいのかな?」


「……島田ホテルでいいです。」


「理解してくれてうれしいよ。夕飯どころか昼食も食べてないでしょう。俺もまだなんだよ。弁当でいいかい?」


 僕は絶対に逆らえそうも無いと理解したので、坂下にはメタルライブの人みたいなヘッドバンギング一択だった。


「ねぇ、その弁当がもしかして料亭花房の高級弁当?」


 山口はクスクス笑い、揶揄うようにして尋ねて来た。

 僕はそっちの方がまだ良かったと思いながら、真実を山口に告げた。


「違います。島田ホテルの名物はお抱えシェフによる絶品フレンチです。赤坂はシャルル、横浜はパトリスが腕を振るっています。坂下さんも驚いて喜んでいましたが、パトリスは遅い時間に拘らず、弁当でなくルームサービスで彼の特製料理を持って来ましたよ。」


「嘘!羨ましい!」


「満面の笑みで持ってきたのが子牛の赤ワイン煮ですよ!淳平君の血塗れを体験して、真っ赤なものを食べられますか!パトリスはフランス人そのものの感性です!肉を食べてワインを飲めば元気が出るぞって!」


 なぜか、僕の言葉に山口は「うれしい。」なんて喜んでいる。

 実は別の部屋に待機させた坂下の部下も同席させて一緒に舌鼓を打って、ノンアルコールワインを一緒に酒盛りをした事は黙って置こうと心に決めた。

 だって、彼らが笑った方が福が来ると言うのだもの。


「それで坂下さん、夕食だけでなくクロトと一緒に五つ星ホテルに泊まったの?」


「僕が心配だからって。それで朝には一緒にホテルの朝食を食べ、食後には新聞を片手に香り高い紅茶で王様のように寛いでから、颯爽と本部へと帰って行きましたよ。」


「あの恥知らずめ!」


「……でもね、本当は夫婦喧嘩の最中で帰りたくなかったみたい。」


「見えたの?」


「深夜に電話で奥さんに謝っていました。」


 山口は大きく噴出したが、傷に響いたらしく「痛い。」と布団にバタンと倒れた。

 そこで、がちゃりとドアが開き、坂下ではないが僕が物凄く安心できる人が山口の病室に現れた。


「山口の具合は大丈夫なのか?」


 心配と書かれた顔をした楊だ。

 ここは横浜市の病院だ。

 相模原から楊は車を飛ばして来たのであろうか。


 僕の誘拐を企てた組織に銃撃されたとの表向きの理由で山口は個室に入れられて、山口の病室前には坂下の部下が警護に立っている。

 病室前の彼はホテルでの酒盛りを経験した事で、何があっても僕を守る心構えだ。

 彼と交替した隊員は酒盛りに参加していないが、その翌朝に僕が坂下に言われたとおりにホテルの弁当を渡すと、やはり何があっても僕を守ると誓ってくれたのである。

 そこまで計算しての坂下の行動であるならば、やはり彼は恥知らずではなく物凄く有能なのであろう。


「ちび。」


「はい。暫くは安静ですが大丈夫です。この馬鹿が死んだらブチ殺す所でしたので、生きていてくれて良かったです。」


 再び山口は笑いの発作に憑りつかれ、この馬鹿がと見たら、楊まで笑っていた。


「それで、どうなったのでしょうか?僕は馬鹿な上に病院でウンウンしていて状況がわかりません。」


 そんな山口の頭を軽く叩く振りをしてから、楊は僕の顔を見た。


「百目鬼は来たか?」


「え、かわちゃんも知らないの。淳平君が撃たれた後すぐにメールの返事が一度有ったっきりで、良純さんは一度も来ていません。僕の泊まっているホテルにも。髙さんにもメールしたのですが、ぜんぜん。良純さんに何かがあったのですか?大丈夫ですか?」


「うわぁ。」


 山口はいつもの声をあげてから、くすくす笑いが止まらなくなったみたいだった。

 そんな山口の様子を一瞥すると、楊は再び話し出した。


「百目鬼は心配するな。それで、山口を狙ったマフィアの幹部ね、お前が撃たれた翌朝に成田に行く道で刺殺体で発見された。目撃者の話だと外国人グループの襲撃だという事だ。あの倉庫の密輸品やら金を横領したと看做されたんだろうね。それと、大使館のヤツも本国に逃げ帰った。お前らを襲った実行犯は日本の警察官を銃殺しようとしたんだ。軽い罪でいられないだろう。こんな所だ。で、お前から俺に話しておきたいことはあるか?」


 楊の問いに山口は彼を真っ直ぐに見返して、それから深々と頭を下げた。


「ご心配をおかけしてすいませんでした。」


 楊は山口の言葉にホッとしたかのような顔つきになり、山口の肩をポンと叩いた。


「ちび、こことホテルを往復しているだけだろうが、お前はちゃんと安全なのか?」


「はい。坂下さんが目を光らせてくれています。」


「あの、おべんちゃら男め。」


 坂下と楊は昔は警備部で同僚だったこともあり、実はとても仲良しの友人同士だ。

 友人で同僚というところで、僕はもう一人の気にかかっていた人物の事を口にしていた。

 山口の同僚で友人、そして僕の友人にもなってくれた葉山である。


「葉山さんはどうかしたのですか?葉山さんにも何度かメールをしたのですが、ずっと返信がなくて。」


 僕の問いに、楊は珍しく口ごもってしまった。

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