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倉庫でのあとでは

 山口は入院した。

 僕は彼が凄い馬鹿だとよくわかった。


 彼は警察が到着すると、傷を塞いでくれている小動物の霊を祓ったのだ。


 当り前だが彼の傷口は再び開き、緊急手術された後も意識が戻らず、戻ったのは翌日の朝方だった。

 蜘蛛達が彼の肺の修復を終えていなければ、彼は命を失っていたかもしれない。


「馬鹿ですね。大馬鹿ですね。こんな馬鹿だとは思いませんでした。死んだらどうするつもりだったのですか!この、馬鹿!」


 僕は目覚めたばかりの人をこんなに罵倒したのは生まれて初めてで、そして、こんなに僕に罵倒されて幸せに浸っている馬鹿に会ったのも初めてだった。

 彼は怒る僕に片目をつぶって見せると、悪戯そうに嘯いたのだ。


「実験も兼ねているし、何よりも銃で撃たれた人間がピンピンしていたらそれこそ問題でしょう。愛している君を残して死にはしないって自信はあるもん。」


「もう!」


 僕はそれから二日も彼を叱り通しだが彼は喜ぶだけで、日々素の自分を出してキラキラと煌いていく彼に、そんなに怪我が嬉しいのかと、病院食が嫌いな僕は彼の神経を疑い始めている。


「優しい君が毎日傍にいてくれるから嬉しいよ。」


「え、毎日あなたを叱っているでは無いですか。」


「ふふ。君は毎日毎日、朝からずっといてくれるでしょう。僕が意識不明の時だってずっとそばにいてくれた。これほど嬉しいことは無いよ。」


 僕は僕の存在にこんなにも喜んでくれる彼に、同性愛者とか異性愛者の垣根もなく、ただ純粋に嬉しさだけが湧いていたが、友人として彼に嘘は突き通せないと観念した。


「ごめんなさい。ずっとじゃないです。あの日の八時にも病院を追い出されています。だから、淳平君が目覚める一時間前の朝の九時からしかここにいませんでした。」


 そして僕はいつも通り告白してから彼を傷つけてしまったのではないかと頭を下げ、でも、卑怯者でもある僕は、彼のそばにいられなかった理由をも良心の呵責もなく口にしていた。


「あの日、僕は坂下さんに担ぎ上げられてホテルの部屋に連行されちゃったの。あの人、やっぱりかわちゃんチームの人です。」


 どっとベッドで笑いの洪水が起き、僕が驚いて顔をあげると山口はベッドでだらしなく転がって笑い転げており、僕がずっと傍にいなかった真実を知ったのにと、彼は馬鹿なのか?と僕は彼に呆れていた。

 でも、そこが気安くて嬉しいと思うのは僕も馬鹿だからだろう。

 馬鹿同士であるならば、気兼ねなく、いい所を見せようと頑張らなくても、そしてきっと、親族に未だに持てはやされる十二歳で死んだ玄人でない僕そのものが愚図でしかなくとも、彼は構わないだろうと。


「ねぇ、その後はそれでどうだったの?クロトはちゃんと大丈夫だったの?」


 いや、馬鹿じゃない。彼は僕に気を使ってくれているのだ。多分。


「坂下さんにはかなり驚かされっぱなしですよ。」


 あの襲撃事件のあった日、手術室前で山口の無事を祈る僕の前に、僕の誘拐事件を担当していると坂下克己警部が現れたのである。

 交通機動隊の小隊長をしていた事もある彼は、大型バイクに相応しい百八十ぐらいある上背に、軍人のような立ち振る舞いをする、男でも見惚れるぐらいの格好の良い男性である。


 猫毛のやわらかそうな髪を短く整えた清潔感のあるその男は、目鼻立ちのすっきりとしたそのハンサムな顔で誰にでも朗らかに微笑む。

 そんな彼が口元を真一文字にして現れ、彼は連れてきた護衛の紹介を簡単にすると、僕に病院内での食事やトイレなどの移動について細々な指示をし、尚且つ、威圧的に僕に言うとおりにすると約束させてから本部へと一度帰っていったのだ。


「いいかな。俺の言った通りに、どこに動くにも、この川口巡査か井坂巡査を連れて歩こう。言うことを一度でも破ったら、俺は君を緊急的処置として牢屋に留置するからね。」


 同じセリフを口にしても楊だと冗談だと思うのに、坂下は絶対にすると僕は確信しており、恭順の意を示して脳みそから山口の事も忘れるほどに頭を上下に振っていた。

 その後、病院を追い出される八時前に坂下は再び舞い戻って来たが、山口の手術が成功した事と命には別状がないと聞いたからなのか、いつもの柔和な顔で僕ににっこりと微笑むと、軽い口調で僕に声をかけた。


「行くよ。」


「え、どどど、どこへですか?」


「ホテル。ここは八時に追い出されるでしょう。病院の人を困らせちゃ駄目だよ。」


「でも、でも、淳平君がまだ目覚めません。」


「目覚めたら電話が来るし、死んでも来る。大丈夫。果報は寝て待てって言うでしょう。さっさと行くよ。」


 僕が坂下の言う果報が「淳平が死ぬことか?」と不安に慄いていると、僕はひょいと持ち上げられたのだ。

 俵のように肩にひょいっだ。

 僕はそのまま運ばれ車に押し込められた。

 そして目にしたホテルは、外観からして僕のよく知っている親族経営の、超高級ホテルだった。

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