悪人ともなれる男
楊は身の内に生じた鬱憤を晴らすべく、善良ぶった男に地獄絵図のような写真を翳して見せつけた。
「申し訳ありません。それで、生きながらとは?二人とも即死では?」
楊によって写真から目を逸らせない状態に置かれた遠藤は、先程に葉山を笑った人間とも思えないぐらいに写真に脅えて震えた声を出した。
すると楊はできる限り薄っぺらい人間に見えるように笑い、写真を持つ手をヒラヒラと動かした。
「ほら、写真をよくご覧になって下さいよ。口から食道まで一気にアルコールによって焼かれているでしょう。こちらの遺体は検死だけで司法解剖されていませんが、此方で同じように亡くなった遺体には、気管にプラスチックの筒が入れてありましたよ。」
「だから生きていたとおっしゃりたいわけですか?」
「生きていたのは確実でしょうよ。被害に遭った彼らが出来るだけ長く生きていられる様に、焼けた気道で窒息しないようにとの犯人の心遣いですよ。松崎美喜と鈴木麗子は車での事故による即死とありますが、写真の傷の具合から生きている時の拷問ですよね。私共の事件に照らして考えますと、最初に車で、その後に拷問と放置だと思うのですけど、いかがでしょうか?」
制服警官はパシッと口元を押さえると、立ち上がった姿のまま一直線に部屋の外へと出て行った。
バタンと扉が閉まり、その後すぐに葉山が部屋に入って来た。
「おかえり。」
「かわさんて、良い人なんだか悪い人なんだか判りませんね。今のは俺のための仕返しかな。どうもありがとうございます。」
「それじゃあ、感謝も込めて帰りは寝かせてくれる?」
「婚約者の家にご機嫌伺いがしたくないからって、敢えてあの車で世田谷に来た事を認めてくれるのなら。かわさんの自家用車でない黒セダンの方でも金虫家に連絡が飛ぶのですってね。」
「な、何を言っているの。あれは本当に、君にも支給車が必要だなって手配した車なの。君はちょっと僻みっぽいというか、ちびが葉山さんは繊細だって言っていた意味がわかったよ。ほーんとに繊細。」
葉山は楊に対して怒りを見せるどころか、楊が非常に頭にくる微笑を顔に貼り付けた。
「婚約者様のお母様が一階受付にてお待ちです。」
「てめぇ、連絡しやがったな。」
「神奈川ナンバーで連絡が飛ぶんじゃないですか?うかつ!」
「あぁ!せっかく俺が乗りそうも無いのを貰ったのに!」
「やっぱり!」
そうして、帰りも二人でぎゃあぎゃあと騒ぎながら相模原に戻って来たのである。
楊は肩コリをほぐすようにして首を回し、今だ戻らぬ葉山が消えたエントランスを見返した。
「あぁ、結局眠れなかった。眠い、だるい、かったるい。」
車に寄りかかっている楊が、集合住宅のエントランスから出て来た葉山の姿を認めたその時に、楊のスマートフォンが震えた。
「はい。かわや――。」
楊はその続きをスマートフォンに言えなかった。
猛スピードで現れた自家用車が歩道に乗り上げ、楊の目の前で葉山を跳ね飛ばしたのである。
そこに追い討ちをかけるように、坂下警部の声がスマートフォンから響いて楊を完全に打ちのめした。
「――すまない。山口君が銃撃されて意識不明の重体だ。」