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子供達は屠殺ごっこをするためにブタ役を決めた(馬5)  作者: 蔵前
十二 不幸は不幸しか呼ばない
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奥田の事件

 楊達に当時の事件ファイルを説明する制服警官は遠藤警部補と名乗り、慇懃丁寧過ぎる素振りで楊に対応して来た事に楊は苦笑をするしかなかった。

 楊の婚約者はこの警察署近くに住む警察庁の金虫警視長の娘であり、楊自身父親が叩き上げの警視庁の警視長なのである。


 そのためにか、この警察署においては楊が来たからと職員がわざわざ出てきて、楊が恥ずかしくなるほどの慇懃な誘導を駐車場でされたほどだ。


 楊に丁寧に接しても楊自身は神奈川県警の、それも島流れ署の人間でしかない。

 自分や婚約者の父親達の定年などすぐだろうにと、楊は皮肉に考えた。


 さて、狭い応接セットしかない部屋に案内された楊と葉山がソファに並んで収まると、遠藤は茶菓子を出しながら事件ファイルをそっと楊の方へと手渡したが、数分かけて楊と葉山が閲覧したそれは、事故でも自殺でもない拷問殺人の事件ファイルでしかなかった。


 楊は大きく息を吐くと、手に持ったファイルを机の上に開いたまま置いた。


 これは楊にとってはささやかな嫌がらせである。

 警察官でありながら、この案件をただの自殺とただの轢き逃げと看做した者達に、さぁ、よく見てみろと。

 けれどそんな気持ちと行動とは反対に、楊は遠藤警部補と目を合わせ、にっこりと愛想のいい笑顔を浮かべた。


「奥田が自殺と処理されたのは?」


「同級生の轢き逃げでしょう。遺族の方も自殺での処理を願われましてね。林警部補がそのように処理致しました。被害者も加害者も未成年でしたしね。」


「しかし、奥田にも彼が轢き逃げした少女達と同じような怪我の痕がありますよね。いくら高い所から落ちて顔が判別出来無いくらいに潰れていたとしても。火傷の爛れは気がつくと思うのですけれどね。」


 奥田の遺体写真をファイルに戻すと、次に楊は百目鬼から聞いていた事と違うと思いながらも、少女達の現場写真を手に取って眺めた。

 百目鬼は轢き逃げされた少女達の口にはゴキブリが詰め込まれていたと聞いたと語ったのだが、彼女達は奥田と今井達と同じくアルコールで焼かれて放置されただけだと楊に見えた。


「現場写真ではそこで自動車事故があった形跡は無いですね。このタイヤ痕は急ブレーキを掛けた軌跡ではなく、急発進があったことを示すものですよね。書類にも車の破片など見つかってないようですし、確実に現場は別ですね。」


 葉山は現場検証の道路写真と報告書を読み比べていた。


「君を連れて来て良かったよ。」


「あの、どういったことでしょうか?」


 楊達にお茶を淹れていた遠藤警部補が、葉山の言葉に茶碗に茶を注ぐ手を止めた。


「彼が言いたいのは、これがただの轢き逃げでなく、被害者を見せびらかすためのデモンストレーションですよ、と。いや、誰にも気づかれなかったから違うのか?それでは何のために急発進の音を出したんだろう。」


「あぁ、親御さん達が可哀相ですよね。自宅前で倒れていたのに気づかなかったのですから。二人とも家が隣同士で双子のように仲が良かったそうですね。」


 遠藤は考え込んだ楊を被害者への哀れみを見せたと思い込み、淹れたばかりの茶を渡した。

 楊はぼんやりと湯のみを受け取り軽く飲むと、犯人がやりたかったのは拷問なのか自分達の苦しみを知らしめたいだけだったのかと、再び考え込んだ。


 報告書によると、深夜に突然起きた大きな車のタイヤのグリップ音で被害者の両親は目覚めたが、彼らは外に出ることも確認もしなかったようである。

 彼女達はおそらく車から放り出され捨てられたのだ。

 誰にも救出されずに事切れた彼女達は、十月半ばの惨劇でありながら気温が高かったためか、傷口に蠅などの虫が大量に集っていた。


「ああ、これが伝聞で口にゴキブリって事になったのかな?」


「うえ。まじやばいっす。」


 楊は隣の常識人のはずの葉山を盗み見た。

 彼は口元を押さえて真っ青になっている。

 楊は葉山の目線を追って、自分が無残な遺体写真を無意識にテーブルに並べていたのだと気がつき、そこで、葉山が敢えて後日の現場検証の遺体の無い写真と文章ばかりを読み込んでいた理由に楊は思い当たった。


「トイレ……行っておいで。」

「すいません。」


 葉山は口を押さえたまま物凄い速さで部屋を飛び出して行き、後には葉山の走る足音が響いて遠ざかって行った。

 葉山が飛び出して閉まったドアを遠藤が唖然と見つめている脇で、楊は何事も無かったような涼しい顔で茶菓子に手を伸ばした。


「あぁ、すいません。お茶のお代わりは如何です?」

「頂きます。」

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