彼こそ僕のメサイヤ
先日、僕は拉致されて蹴り殺される所だった。
それなのに元気に生きているのは、見えないモノによって命を助けられたからである。
見えないモノとは、見えるはずのないものが見える僕に纏わりつく小動物だった魂の事であるが、彼らは人の呪いの身代わりとして殺されたからか生前の姿は無く、胴体の無い黒い蜘蛛のような形でわさわさと蠢くだけである。
そして僕の腹には、潰された内臓を修復してくれた蜘蛛達の姿が、痣となって鳩尾から下の腹に三つも浮き出ているのだ。
右手の甲にも蜘蛛の痣があるが、そこは太い釘を打ち込まれた所である。
そこの傷は後遺症も残ると言われたが、今や普通に動く上に傷跡一つ残っていない。
僕は死んだ魂達によって体を修復されて、甦りをさせられたのかもしれない。
僕ってなんて気味が悪いのだろう。
「これは消えないのかな?」
山口は僕の右手の痣をさすりながら、悲しそうな声を出した。
彼は彼のせいではないのに、僕の受けた暴行を自分の責任のように考えて、そして落ち込んだりもしているのだ。
だから僕は僕が思う本当の事を彼に伝えた。
「消えなくてもいいのです。僕を助けてくれたこの子達を忘れない為にも、僕はこの痣があった方が嬉しいの。」
僕は腹の痣のある場所に、寝間着の上からそっと左手を当てた。
こうやって彼らを慈しむ事が、僕を助けたばかりに影という姿までも失った者達への供養の様な気もするのだ。
そんな僕の姿に何かを感じたのか、山口は右手で自らの目元を隠してしまった。
かえって僕の身の上を哀れませてしまった?
彼は泣き出してしまったの?
僕は友人となってくれたばかりか、僕をこんなにも思いやってくれる山口に絆されてしまった。
即ち、僕は彼の肩にそっと手を置き身を寄せ……しまった。
忽ち山口が抱きしめ返してきて、僕は彼に嵌められたのだと理解した。
「ちょっと、淳平君は非道です。外道です。駄目です、離して!きゃあ!」
抱きしめられたまま、パフっと布団に二人で倒れた。
ヤバイよ、ちょっと、ちょっと、待って!
「ハハ、クロトは本当に可愛いよ。」
押し返そうと彼の胸に手を当てると、手に触れたのは素肌?で、え、と見れば、彼の上半身がちょっと肌蹴ていた。
さらに驚き硬直する僕に彼は微笑み、僕の頬に頬ずりをする外道。
ど、ど、どうしよう。
「ちょっちょっちょっと待ってよ!」
ダン!
「うるせぇよ、お前ら。何時だと思っているんだ。馬鹿野郎が!」
音を立てて襖が開けられたと同時に、僕達は寝巻き姿の怖い人に怒鳴り付けられた。
この家の主人である和尚様のお出ましである。
彼こそ、僕が一生縋っていたい百目鬼良純和尚様だ。
彼はれっきとした禅僧であるが、債権付き競売物件の売買を専売とする不動産屋も経営している起業家でもある。
三十一歳という若輩の彼の二足の草鞋がどちらが先と言えば、仏門に下った方が先であり、不動産業は後付けだ。
しかし、不動産業では短期間でかなりの実績をあげている程であるのに、年数の長い僧の方としては駆け出しなのである。
なぜかというと、最近まで彼の宗派の山に彼は干されていたからだそうだ。
しかし、駆け出しの僧だろうが、相談役となってくれた彼のお陰で僕は鬱症状が改善し、四月から大学に復学できるまでになったのである。
御利益あり過ぎの素晴らしい方と言えよう。
冗談はさておいて、僕が改善できたのは、良純和尚の不動産業の手伝いをする事で無理矢理にでも体を動かして、動けない時は彼が僕を叱るでもなく動けるまで休ませてくれたりと、鬼と観音の顔を併せ持つ彼だからこそだろう。
決して僕の存在を認めない両親の元では、鬱の改善など絶対に無理だったはずだ。
無理どころか、僕は一生今のように友人にからかわれてふざけ合う楽しさなど持ち得なかったはずだと確信している。
僕の母は、僕の友人関係の一切を、知った先から切ってきた人なのだ。