凱旋?
山口は救急車の外へと、敵が蠢く世界へと出て行った。
僕は仕方が無いと諦め、山口の言う通りにハッチの鍵を閉めた。
僕の存在を気にかけて彼が戦えなくなったら事である。
けれども、僕の心配が杞憂であるほど山口は強かった。
良純和尚も髙も死ぬほど強い人だと思っていたが、山口も死ぬほど強い人だと実感したのである。
救急車の窓から覗いた山口の勇姿は、特殊警棒を使いながらいつもの叩きつける手刀をいれて次々悶絶させていく闘神そのものであった。
彼の勇姿を「映画みたいだ。」と見惚れていたのは内緒だ。
敵を全て倒すと、山口は小事を済ましたという風に僕の待つ救急車に戻って来て、ハッチの扉をこつんとノックをした。
僕は急いでハッチの解錠をして開け放つと、山口は柔らかい微笑み浮かべて僕を出迎えたどころか、彼の本来の笑顔に驚く僕の上半身を自分の方へと引き出すようにして抱きしめるまでもしたのだ。
ただし、ぎゅうっとではなく、軽く自分に引き寄せて僕を彼の胸に寄りかからせるように引き寄せただけだ。
彼は僕が強く抱きしめられると脅えることを知っている。
でも、今の僕は生きている山口を感じたいとそのまま床に膝を落として、彼に寄りかかるのではなく彼を抱きしめ返した。
今度は彼の上半身が僕に引っ張られる形だ。
「あ、はは。もう大丈夫だよ、クロト。怖かった?ごめん。」
彼は僕を抱き締め返し、しかし、僕が自分の行為をしまったと後悔する間もなく、彼はすぐに手を放し、その代わりというように僕の顔を両手で包んで自分に向けさせた。
キスをされるかもと一瞬僕は構えたが、山口のキラキラとした薄茶色の瞳の中には翡翠色までもが散らばり、その美しさに僕は彼をじっと見つめるだけで抵抗などの意志すら完全に消滅してしまっていた。
彼の成すがままとなっている自分が、もし、彼にこのままキスをされたとしても、それは僕の不甲斐なさというよりも、僕が百貨店経営の一族の一人であるのだから、美しい彼の瞳にうっとりとするのは当たり前だと自分に言い聞かせるしかない。
美しい瞳にこのまま見つめられたいと望んでいるのには、それが理由に違いないのである。
「淳平君。」
しかし彼はその顔をいつもの猫の笑顔のような表情にクシャっと変え、声までもいつもの軽薄そうなものに変えてしまった。
「それでさぁ、困った事が出来たんだけど、どうしよう?」
「何ですか?」
山口に聞き返した時の僕の声が、少々そっけ無いものとなったのは、それは仕方が無い事だろう。
ただし、お陰で僕は冷静になり、そして初めて僕は僕達がいる倉庫の周りでパトカーと救急車の大量のサイレンががなり立てている事実に気が付いたのである。
「あれ?助けが来ていた?」
「そう。それなのに僕の銃創が完全に消えている。どうしよう?警察にどう説明する?」
山口は僕から手を離し、僕は慌てながら山口のシャツを乱暴にはだけさせた。
含み笑いをして振動する彼の胸には、傷どころか僕の右手と胴体にある痣と同じ蜘蛛型の文様が一つ浮き出ているだけである。
立松による拷問で二度と使い物にならなくなったはずの僕の右手、なぜか完全に無傷の右手にある痣と同じものだ。
「蜘蛛があなたの命を繋いだのですね。ふふ、どうしましょう。二人でここで死んだ振りをして、何も覚えていないってことにしますか?」
「君も黒いね!」
山口が大らかに笑ったその時に警察は倉庫の扉を開け放つ事を決意したようで、僕達が頭を悩ませる猶予もなく倉庫の扉は開かれた。