山口と僕と敵
僕達の連れ込まれたのは倉庫。
海の臭いと波の音が聞こえる。
救急車が辿り着いた先は、僕と山口を残虐に殺すために待っているはずの親玉もいなければ、拷問道具も無い、ただのがらんとした空の倉庫だった。
外国人達はその倉庫の様子に一斉に色めき立ち、救急車から飛び降りると口々に何かを叫び合っている。
どこの言葉なのか全然わからないが、それでも二ヶ国語はあるなという事はなんとなくわかった。
さて、取り残された今のチャンスに警察か救急に電話をしたいが、僕達の荷物は運転席だ。どうしよう。救急車内で篭城するのが一番だろうか。あぁ、鍵。
「ひゃっ。」
僕がハッチの鍵を内側から掛けようと中腰になったが、そこで強い力に引き戻されて再び座り込ませられたのだ。
僕を引っ張った死んだ振りをしている筈の山口が、僕の手を握って自分の頬に当てると、くっくと楽しそうに笑い出す。
「駄目ですよ。静に!バレたら殺されますよ。あいつら拳銃を持っているのでしょう?淳平君の顔は真っ青じゃないですか。じっとして。僕をハッチの鍵を閉めに行かせて。」
僕は必死な思い出で山口に囁いた。
運転手を含めて四人もの外国人が車外にいるのだ。
一人でも救急車の中に戻ってきたら、多勢に無勢であっけなく僕達は殺されるのではないのか?
運転手は巨体の白人で、助手席の男が僕を襲いに大学に来たハーフだった。
助手席の奴がマスクを外して救急車内を振り返った時に、僕は絶望と共に気付いたのである。
罠だ、と。
そこで見回した車内の救急隊員は、全員が見覚えのあるあの日のアジア系外国人だったのだ。
そんな状況なのに山口は!
山口のくすくす笑いが大笑いになり、僕はヒヤヒヤしてとにかく彼の体を押さえたのだが、山口はそんな怯えている僕の頬を右手の甲で優しく軽く撫でた。
「あいつら仲間がいないって、密輸品もないって大騒ぎをしている。僕は百目鬼さんに騙されたみたいだ。あの人は本気で怖いよ。」
「良純さん?いるの?けんじゅう、拳銃を持っているって、良純さんに!」
「大丈夫。でね、あの三人はロシアの組織に買われた奴ららしいよ。広東語で独活の大木を罵っていてね、金は払えるのかって。独活の大木はたどたどしい広東語で僕わかりませんて子供みたいに答えている。それで、ハハ、セルゲイどこ?って馬鹿な奴。」
僕は何がなんだかわからない。
すると、大男が山口の馬鹿笑いに気付いたか、救急車の後部ハッチが開いた。
「シトーオーンジェーライェト?」
僕が聞き取れたのはそんな感じだ。ようやく救急車内の僕達の事を思い出した一人が、そんな言葉を僕に吐いて、大きな体を車内にぬっと差し込むようにして乗り込んできたのだ。
運転手にいた白人だ。
僕は彼の邪魔にならないようにと、車内の片隅に身を潜めて縮こまった。
彼とは、勿論山口のことだ。
ダン!バシッ!
足を払うのではなく変な杖で相手の脛を突き、バランスを崩した所を、彼のあの凄い手刀で叩きつける様に顎にいれ、大男の体が狭い救急車内で吹っ飛んだ。
救急車が倒れるのではないかというほどの衝撃が巨体が受けて、救急車がゴンゴン揺れたのだった。
「その杖、なんですか?」
山口は手元の銀色の細いたけのこのような金属棒を見下ろし、顔に悪戯な微笑を貼り付けて僕に答えた。
「特殊警棒。持ち歩くとお縄になる道具だよ。君は見なかったことにしよう。」
「あなたが警察官でも?」
「今はデート中のプライベートだもん。」
彼はそう言ってふふって笑うと、いつものスマイルに戻った。
無表情のスマイル。
「あと、三人。君はソコにいてね。僕が飛び出したらハッチの鍵も閉めて。」
「大怪我をしたばかりじゃないですか。」
しかし、彼は皮肉そうに顔を歪め、そして素早く僕の額にキスをすると、驚いた僕を放って巨体の肉塊を引き摺って車外に出て行った。