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これこそでえと?

 四月十日。僕はデートしている。

 そしてこれは初デートだと主張された。


 見るからに上機嫌な山口と僕は世田谷から電車を乗り継いで、なんと、横浜の繁華街に来ているのだ。

 学籍登録後の二週間は講座の申し込み期間となるので、学校が本格的に始まるのは再来週くらいだから暇だと言っても、え?である。


 だって、先日は狙われているからと僕と目もあわせず、僕が髙から接触禁止令を出されたはずの山口なのだ。

 彼は、休暇を取ったと、金曜の夜に良純宅に急に押しかけて来た。

 その日からずっと彼は僕に張り付き、日曜の今日は朝から僕を連れ出して、「これはデート。」だと浮かれているのだ。


「あの、一緒に出かけて買い物がデートなら、この間の葉子さんの花を買いに行ったのが初デートでしょう?佐藤さんにもデートはどうだったって聞かれましたよ。」


「それは目的が買い物で、今日は買い物をしながら一緒でいる事を楽しむが目的でしょ。買い物をしなくても楽しんでいいのだし。初デートはこっちだよ。それにね、リードの上手な僕がデートだって言っているのだから、これはデートなの。」


 山口の言葉に僕は真っ赤になってしまった。

 鏡はないが絶対に真っ赤だ。

 頬が触っていなくても熱いと感じるのだもの。


 そこで、赤くなった頬を誤魔化そうとわざと別のところに顔を向けたら、デパート前に路上販売のカートが並んでおり、その中で僕の目を惹く物があったのだ。

 黒い布の上に所狭しと飾ってある銀細工の装飾品の中で、ナヴァホの意匠に似た鳥の羽のようなデザインのイヤーカーフが輝いていていたのである。


 僕はナヴァホやホピという人々が好きだ。

 特にホピが好きなのは、内緒だった彼らの神話を、神話のように世界が破滅の道を歩まない様にとの願いを込めて、世界平和のために公にしたからだ。

 そんな彼らは精霊を模したカチーナと言う木彫りの人形を作り、それを女の子にプレゼントするのである。

 僕は女の子ではないが、コオロギの精霊のカチーナが欲しい。


「あぁ、かわちゃんみたいだ。」


「そうだね。彼は鳥好きだもんね。」


「ふふ。違う。思い出したの。これはナヴァホの意匠に似ているなって所で、連想してしまいました。ホピ族のコオロギの精霊がかわちゃんに似ているなって。その精霊はレース中なのにみんなにパンを配るの。でも、そのせいでいつもレースでビリになっちゃうの。」


「はは。確かにかわさんらしい。」


「それで、これはかわちゃんより淳平君って感じもする。奇麗な、銀色の羽。」


 彼はなぜか嬉しそうに笑うと、僕の見ていた銀細工を摘むと僕の耳元に添えた。


「似合うよ、買う?」


 いいなと思ったが、僕は先日の花代で余分なお金がない。

 僕が首を振ると、山口はちょっと残念そうに肩を竦めた。

 僕は身内が金持ちなだけで、準教授の父親とパートに出ている母という一般家庭の子供でしかない。


 お小遣いを親から貰った事が無い点では、きっと普通の子供よりも貧乏だろう。


 今までの僕は、時々会う親戚から貰った金でやりくりしていたのだ。

 お金が無い為に色々と諦めてきた僕にとって、良純和尚から渡される月々のお金が僕にどれほど開放感と安心を与えてくれるのか言葉には出来ない。

 僕は、良純和尚があってこそなのだ。


「お前は変異じゃなくてね、成長しているんだよ。」


 成長せずに良純和尚にいつまでも縋りついているつもりだったのに、悲しい事に僕は成長したらしい。

 そして、自分という殻から自分では気が付かないうちに顔を出せるようになったのは、山口が友人となってくれたからかもしれない。

 友人は守って守られるものだからだ。

 それは、対等な信頼関係。

 人と対等になることで得られる自分への自信。


「僕は何をしたら良い囮になりますかね?」


 イヤーカーフを山口の手から取り、陳列場所に戻しながら彼に聞いた。

 馬鹿でもわかる。

 おまけに今の僕は友人のためには何でもしようという気だ。

 しかし、僕の台詞に、山口は見るからに寂しそうな顔つきになった。

 僕は間違ってしまったのだろうか?

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