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殺される理由

 玄人くろとがうっとりと自分の姿を鏡に映して喜んでいたのは、自分の顔に死んだというその母親を見ていたのであろうかと、楊は切ない気持ちで写真を見返した。


 母親が艶然と微笑んでいる事と反対に、武本は真ん丸な目をしてお人形のように固まっているが、彼が集合写真の中で誰よりも輝いているのは一目瞭然である。

 妖艶が付くほどの絶世の美女である母親よりも、一番最初にあどけない彼の姿の方にこそ目が行くのだ。


「母親がお亡くなりになったとは、可哀相に。」


「自殺ですよ。子供が起こしたプール事故で亡くなったと病院に駆けつける最中の事故と聞きましたから。どんな親でも子供は命同然ですからね。」


「それでは、翔君が生前行った行為による被害者の親御さん達の気持ちが、あなたにはおわかりになるでしょう。」


 こんな人間に教壇に立たれている子供達が可哀相だと糾弾したかっただけだと、楊は自分の投げた言葉に言い訳をしたが、本当は武本の無意識の気持ちに全く気づけなかった自分に対しての怒りであった。


 武本はあんなにも母親を求めていたのか、と。


 百目鬼の言うとおりに、少しでも早く実母の死を伝えて、愛情だけを彼に与えるべきであったのだ。

 おかしな遺言で彼を不幸に塗れさせたままでいるよりも。

 そんな楊に追い討ちをかけるように、楓が楊に反論してきた。


「何をおっしゃっているのか。翔が何をしたというのです。皆さんは誤解していますが、男の子には反抗期がございますでしょう。刑事さんだって、少々暴れていた時期があったはず。そこは温かい目で受け入れてやるのが親や周辺の人間の器量です。それに、虐めがあったというのならば、虐められる人間にこそ問題があったと、そこも反省するべきではないでしょうか。虐めた方を一方的に責めるよりも、お互い様って考える方が建設的ではないですか。」


 武本には絶対に聞かせられない言葉である。

 そして、今井と田中によって殺された少年にも。


「殺されるには殺される理由があるのですね。」


 楊はその言葉を吐き出しそうな自分を抑える事に精一杯であった。

 今井と田中は、人を殴り続けられる時間を競うためだけに、同級生を三時間もサンドバッグにし続けたのである。


「かわさん、聞いています?」


 電話からの声に楊は過去から引き戻された。

 楊は再び鑑識からの電話に集中した。


「ごめん。それで、メールから何か炙り出せたか?」


「ようやくバイクの持ち主が割れました。」


 三人の遺体が上がった貯水池には原付バイクが底に眠っており、殺人事件の手掛りかと同時に引き上げられたのだ。

 ところが引き揚げて見て腐食具合から一年以上は前のものであると直ちに看做され、事件には関連性はないと証拠から除外されている。

 しかし、腐食して解読不能なものに挑みたがる鑑識が、関連性はない不法投棄のゴミでしかないバイクの持ち主の特定をしてしまったようである。


「……あれは、証拠品から除外するって決定だったよね。不法投棄のバイクだろうって現場で言ったのは君自身でしょう。それで、メール、どうしたよ?」


「いいじゃないですか。俺達には遊びが必要なんですよ。あの、藤崎達のスマートフォンの中身は何ですか。犯人を炙り出す以前に、奴らを縛り首にしたい気持ちで一杯ですよ。俺の子が小学校に上がったらって心配で心配で。せめて、専門家らしい技術をフル動員して現実逃避をしたいじゃないですか。」


「お前の子供はアニメフィギュアじゃねぇか。帰って来いよ現実に。」


「現在連載中のアニメ原作の漫画では、ユズハちゃんは中学生になっています。」


「……いいよ。わかった。それで君はアメドラみたいに色々やっちゃったんだぁ。」


 電話口の男が嬉しそうに含み笑いしている声が楊の耳に響き、楊のささくれ立っている神経をさらに逆撫でた。

 また、技術をフル動員された場合の検査料を考えて、楊は眉間を軽く摘み、どうして周囲に言われるがまま昇進試験を受けて管理側の人間になってしまったのだろうと、過去の自分を軽く責めてもいた。


 軽くだ。

 重く責めたら本気で自分が可哀相だと、楊はそこまで出来なかった。


「わかった。僕が悪かった。それで、持ち主は誰だって?」


 電話口のクスクス声が途端に沈黙し、楊は目をぎゅっと瞑った。


「お願いします。宮辺みやべ壮大そうた主任鑑識官様。教えてください。」


 電話口は未だに無言だ。

 ゲームだったら生きてはいないって言ってやるところだ。


「じゃあ、いいよ。宮っちに今度ちびを紹介しようかと思ったのにさ。鑑識の見学ってちびは喜びそうだよねぇ。あの子理工学部だしさぁ。苦手な数学を君が教えてあげたら、宮ちゃーんって懐くの確実なのにね。あーあ、残念。」


「やばい。手取り足取り、あの子に色々仕込んでいいの?やばい。膝に乗せてもいい?いつ?今日から?今日は会える?うわ、やっばーい。」


「君がやばいよ。切るからね。僕お仕事中だから。やばい君にはちびの話は無し。」


「ま、まま待って。」


「無し。」


「えぇ。俺はあの子の事を考えて口ごもっただけなのに!いいですか、バイクの持ち主もクロちゃんの小学校時代の同級生でした。」


「うそん。」


「本当です。それで、相手が変な事になっていたらクロちゃんが可哀相かなって。」


「だよね。うん。わかった。後でその書類を持って来て。俺が今日家庭訪問をするから。」


「何事もないといいですよね。それでいつクロちゃんに会えますか?」


 楊は受話器を耳に当てながらぎゅっと目を瞑った。

 電話を終えた後、彼が自分の机の上の三角錐を壁に投げつけたのは言うまでもない。


 原付の持ち主は柴崎しばさきとおる

 武本が六年生に上がる頃に、神奈川県へと引越した子供である。

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