はじめてのお友達と、ぼく
その夜の僕は非常に緊張していた。まるで初夜を迎える花嫁のように。
途方にくれた僕は、僕のいつも通りの行動を取った。
逃げる、だ。
この場合は狸寝入りである。
「目がぴくぴくしていて嘘寝だって丸わかりだよ。寝ているのだったら、ちょっとクロトをつついていいかな。」
くすくす笑いながら僕の背中や肩を本当につついて悪戯を始めた鬼畜な男の名は、山口淳平という。
彼は緑がかった褐色という猫の瞳のように煌めく目を持ち、普通以上に整った顔立ちをした二十七歳の男であるが、百八十以上ある長身に見合った普通以上に素晴らしく長い手足を持っているという、本気で普通でない男である。
そんな雑誌モデルのような男ながら、普段の彼は目立たないどころか透明人間のような存在感だ。
雅な外見を常にその他大勢にカモフラージュしてしまうのは、彼が元公安の刑事という経歴によるものだろうか。
現在の彼は猫の目を輝かせて、猫のように愛嬌を振りまいて輝いているが。
「やめてくださいよ。もう遅いのだから、ね、寝ましょうよ。」
そう彼に言ってがばっと掛け布団を頭までかけて布団に潜り込んだのだが、なんと、奴までも潜り込んで来たではないか。
「ウン、寝たいね。寝る?」
子供の様な悪辣な顔で笑う彼は、本当に楽しそうだ。
でも、僕は君の今の冗談は楽しめるどころか、怖いばっかりです。
なぜなら彼は、女性よりも男の子が好きな人だからだ。
「と、友達は寝ないものでしょう。」
「かわいい。」
僕の怯えた返答に山口は腹を抱えて笑うが、二十歳の男に可愛いはないものだ。
山口にからかわれている僕は、武本玄人。
鬱症状が出て昨年の九月から大学を休学して、四月から復学をすることになった人生の落伍者だ。
ついでに、鬱になったからと紹介された僧侶の自宅に、居心地がいいだけの理由で療養という名の居候までしている役立たずでもある。
実の両親の元よりも全くの他人である彼の元にいる方が、僕の鬱の症状も改善したのだから当たり前の話でもあろう。
あ、むにっと頬をつつかれた。
僕の頬を突いて僕の意識を自分に向けた山口は、わかっているという風に、僕に優しく微笑んだ。
これは、嫌な事を思い悩むな、という彼の気遣いなのだ。
「あぁ、柔らかなほっぺ。ねぇ、せっかくだし、服を脱がせちゃっていいかな。」
え?気遣い関係なかった?
焦燥感に駆られた僕は、このままではいけないと、がばっと身を起こした。
「ちょ、ちょっと、じゅ、じゅんぺい君が、な、何を言っているかわかんないです。」
彼は笑いを再び弾けさせながら、ゆっくりと体を起こし、そして、普段の作り笑いではないという、彼自身の本当の笑顔で僕を見つめて微笑んでいるのだ
どうしよう。
友達がこの年までまともにいなかった自分には、山口はとても大事なお友達だ。
彼を手放したくはないけれど、彼の望む道へ進むには、ちょっと、いや、ちょっとどころか、無理、無理、無理。
そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、彼は表情を真摯なものに変えた。
真っ直ぐな目で、僕を真剣な顔で見つめたのだ。
「本当にお腹も胸も痛くないの?もう一回君の体の状態を確認したかっただけでね、ごめん。フザケすぎて。」
彼は先日の拉致事件で受けた僕の傷の事を心配していたのだ。