一方こちらでは
山口は囮として一人で頑張っていた。
毎日同じルートに同じ休憩場所、そして、いつも一人。
相棒の葉山でさえ傍に寄せずに、たった一人で陣を構えている馬鹿だった。
使えるものは親でも使えって、こいつは教わらなかったのか?
お前は髙の秘蔵っ子のはずだろう?
今日も奴はいつも昼休憩用に利用している、誰も来ない公園のベンチにいた。
玄人が別荘のように入院している相模原第一病院直ぐ側の公園だ。
遊具もあるが、誰がデザインしたのか、この公園内のオブジェのメルヘンなキノコや動物達全てに、黒い斑点が描かれている。
水玉模様とも言うが、その水玉があるせいで、俺にはオブジェ達がもの凄く不気味なものにしか感じられない。
真っ赤なキノコに黒い斑点があれば毒キノコだと普通は考えるだろうし、パステルカラーのゾウやカバ、さらには庭小人達にまで黒い斑点があれば、黒死病などの死の伝染病を想像させないだろうか。
子供が怖がって近づけない公園を作るとは、きっとここの近隣住民は子供嫌いに違いない。
さて話は戻るが、ベンチに座る山口は、居場所を失った子供のようである。
コンビニの菓子パンをぼそぼそと齧っている寂しげな背中はこの無情な俺でも心がざわつくぐらいの悲壮感があった。
俺はそんな憐れな子供の後ろにそっと近づいた。
「毎日それじゃあ、お前は早死するぞ。」
「クロトを一人にして大丈夫なんですか?」
俺の出現に驚くどころか静かに返してきたことには称賛だが、こんにちはもなく、そんな回答である事にはがっかりとした。
クロト、クロトだ。
離れていてもそれだから、玄人が狙われたんだよ。
「大丈夫だろ。心配だったらさ、お前が仕事を休んで面倒見りゃ良いじゃねぇか。来週にはまた連続雨マークだ。あいつは雨が降ると立松の拷問を思い出して騒ぎだすのは知っているだろ。風呂だってシャンプーハットを被らせてから、俺がタライで汲んだお湯をかけてやってんだよ。はーい、かけますよーって声をかけながらね。俺には休息が必要なんだと思わないかい。」
「何を言ってるのですか。俺が傍にいたらクロトが狙われて殺されるからって離れているのですよ。そんなあからさまに的になる様な。――的にするのですね。」
流石に察しの良い男だ。
「まぁ、やりすぎて警察にいられなくなるかもしれないが。大丈夫だろ。首になったら俺のところに住み込んで働けばいい。小遣い程度の給料しか渡せんがな。」
「ひどい!」
俺の言葉に山口は高らかに笑い出した。
いつもの作ったような笑いではなく、涙迄も浮かべた年相応の若者の笑いだ。
「あなたはほんとうに破戒僧だ。それでも、クロトは絶対大丈夫でしょうね。」
普段の作り顔の笑みのない真摯な顔つきになった山口に、俺は意地悪く最後の確認をした。
「お前は死んでも守るんだろ?自信が無いのか?盾になるくらいの覚悟も無いのか?」
「ありますよ。俺はクロトを守るためなら、自分は死んだってかまいません。」
「あほう。死にたい奴に誰も守れねぇよ。いいか、お前はクロを守り切るだけでいい。逆にクロがフラフラしていると俺が動けないからな。相手は元特殊部隊や元KGBなんだろ?潰すのは楽しそうだ。」
俺の言葉に彼は再び笑うが、今度の顔は歴戦の兵士の顔だった。
「まずは今日の夜から家においで。お前がクロを守っている間に俺が下準備をするからね。俺は最近子育てに飽きたのだから、偶には羽を伸ばしたっていいだろう?」
「ですが、一人で大丈夫ですか。」
「俺を誰だと思っている。」
心配するな。これはパーティだ。
招待客は多い方がいいが、持て成す方もちゃんと厳選されたスタッフを準備するものなのだ。




