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山口くんがいつもと違ったわけ

「しょうがないじゃん。そん時は亀の治療費ですっからかんでさ。お給料をあげたかったんだもん。」


「もう。わかったけどね、どうしてそんなに僕の昇進に拘るわけ?昇進したら転属もあるでしょう。」


 楊はそこではたと気付いたようで、がばっと上げた頭をがくっと下げた。


「そうだ。そうだよね。髙が移動させられたら困るものね。でもさぁ、本部から今泉杏子女史が来るんじゃん。あの人から誰かに俺を守ってもらわないと俺は死んじゃうよ。きっとジャンプしちゃうよ。」


 今泉って、警備部の坂下の部下のあの今泉?凄く気が強そうでキリキリしていた女性だったと思い出す。


 県警本部の警備部所属の坂下さかした克己かつみは楊が警備部時代だった頃の同僚で上司であり、そして、僕が幼少時に作った紅茶友の会に入会したばかりの新会員でもある。

 僕にとっての紅茶友の会は、僕の親戚関係の小母さん達で構成されているだけのただのお茶飲みの会でしかないが、楊に言わせると会員が上流階級の人間ばかりのお歴々の会であるそうだ。


 坂下は出世に関してはバラクーダのような奴だから、そんなお歴々と近づけるチャンスには必ず喰いつく、とまで楊は言うが、いや、僕は違うと思う。

 だって、紅茶の葉っぱの品種や銘柄を当てられる人なんて、僕は最近会った事はないもの!


「それならね、葉山を昇進させて今泉の生贄にしちゃおうよ。まだ間に合うでしょ。」


 あ、まだ話していた。

 けれど、話を聞くに髙までも逃げようとするとは、そんなに今泉って凄い人なのだろうか?


「葉山はまだ無理だって。」


 髙は楊の言葉に眉を少し動かした。


「この機会に上げてやった方がいい気がするけどね。」


「こんな機会だからさ、かえって駄目にならないか?あいつには真っ当な状態での昇進が必要な気がするんだよね。」


「もう、かわさんは真面目なんだか、不真面目なんだか。わかりました。僕の転属が無いように動きますよ。」


「さんきゅーう、髙。ほんっとお願いします。」


 楊は髙に頭を下げて、腕組みしている髙はうんうんと頷いている。

 すごいな、人事が髙という巡査部長の手の平だったんだ。


「ええと、山口さんは昇進しないのですか?」


「うーん。本人が望めば、だけど。あいつは試験を絶対に受けないよね。」


「どうしてですか?」


「現場が好きだからでしょう。」


 だから、一度も僕にメールを返してくれないのかと、しかし、大学の食堂でも僕の方をチラリとも見なかった山口の横顔を思い出して胸が少しチクリとした。


「髙さん、山口さんのメール返信が無くなったのですけど、どうしてでしょうか?」


 楊ではなく髙に聞いた。

 なんとなく、これは髙の方が知っている気がしたのだ。


「馬鹿、失恋したからに決まっているだろうが。好きな子に好きな子が出来た場面を見たらね、応援する心持でもさ、暫く距離を置きたくなるものなんだよ。ほっといてやれ。それとも何か、お前はお尻を差し出す覚悟が出来たのか?」


 答えたのは楊だった。

 そして、なんて下世話な物言いだ。


「朝から返信が無いのですけど。」


「ばーか。警察官は勤務中の私信メールは禁止なの。」


「かわちゃんは僕にさんざん返信をくれたじゃないですか!」


「お前は!自分が富豪一族の狙われやすい希少生物だって理解しているか?何のために佐藤を派遣したと思っている?うん?俺は愛人クラブの元締めじゃないのよ。現在安全を観測中の君の身辺警護の要請を本部から受けているんだから通常業務なの。俺の返信が嫌なら坂ちゃんにするか?奴なら喜んで制服警官のゴツイのをお前に沢山つけてくれるぞ。」


「……すいませんでした。僕はかわちゃんがいいです。」


「よし。」


 髙をふと見ると、彼は「我関せず」って顔をしていた。

 表情を変えない人の判りやすい表情。

 僕は人の感情の機微はわからないけど、計画性には目聡いのだ。


 良純和尚もそうだ。


 人の気持ちがわからないこそ、僕等は人の行動や考えを表情を見て推測して生きている。

 それでも僕はいつも見逃して間違うからか、突発的な相手の感情に対処できずに失敗して排除されてしまうが、それは僕が悪いのだ、仕方がない。

 失敗した僕を排除しないのは楊班のメンバーだけだ。

 新しいメンバーはどうなるかわからない。


 それならば確実な人を大事にするのは鉄則ではないだろうか。

 僕は卑怯者だ。


「淳平君から返信が無くて僕はとても悲しいです。」


 これ見よがしにメールを打ち、やはり、送る前に目敏い髙にスマートフォンを奪われた。


「駄目、しばらく山口をほっといて。目も合わしちゃ駄目。山口を狙うために君が囮にされちゃうでしょ。」


「あー。髙が喋っちゃって。君がちびには内緒って言ったんでしょうが。」


「思っていたよりも賢いですよ、この子。かわさんの説得に全く騙されていないじゃないですか。」


 髙に褒められているのかけなされているのか僕には判断できなかったが、髙はふうと息を吐き出すと真面目な顔で僕を見返した。


「君はこれから復学でしょう。内緒にしておきたかったのは君を怯えさせたくなくてね。公安は恨まれやすい所だから山口は今大変でね。君の身を安全に保てれば山口の判断は鈍らないでしょう。だから、しばらく彼との交友は我慢してもらえるかな。」


「最初から言って下さいよ。僕は山口さんが安全な方がうれしいですから。」


 良かった。

 山口は僕を嫌っていない、まだ。

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