またまた相模原東署に連れ込まれた僕
「もう大丈夫か?それにしても、お手柄だったね。お前のメールという機転がお前を救ったんだよ。」
楊は濡れタオルで顔を冷やしている僕の頭を、がしがしと強く撫でた。
「かわちゃんたら、撫で方が一昔前のオジサンみたい。」
「うるさいよ。」
「それで、あの。あの外国人は何だったのですか?」
「ええ!渋谷でお前を見たって言ったんだろ。可愛いちびを誘拐に来たいつもの変態でしょ。」
「また僕のせいで皆さんにご面倒なのですね。すいません。」
僕はがっくりと俯くしかなかった。
僕の女顔のために、僕を女の子だと勘違いした男の人に襲われかけるということは何度かあるのだ。
自分が男だと伝えたら、「誰にでも欠点はある。」と返されたこともある。
同性愛者だから僕が好きだと公言する山口が、僕の目に誰よりも清々しく安心できる人に映るのはこんな体験ばかりなのだから当たり前だろう。
「もう、かわさんたら。武本君は落ち込まないで。はい、これをあげるから。」
部屋に入ってきた髙は、僕に棒つき飴を手渡しながら慰めてくれた。
僕はいつもの刑事課の大部屋ではなく、刑事課近くにある小会議室に楊に連れ込まれたのである。
狭い小部屋には大型のデスク一台と、デスクから人一人が通れるくらいの隙間を開けて折り畳みの細長いテーブルが二台くっつけて置いてあるだけだ。
その長テーブルの僕の向かいに楊は座っており、髙は僕の隣の椅子に腰掛けた。
「しばらく佐藤と水野が交代でお前をガードするから、大学生活も心配ないだろ?」
楊の言葉に、佐藤のまた今度という言葉の本当の意味を知ったようで、僕は少し消沈した。まぁ、仕事だと彼女だって言っていたものね。
「それで、何か聞きたい事はあるか?」
「どうして刑事課じゃなくて、この小会議室に僕は連れ込まれたのですか?」
「また、この子は。」
髙は机につっぷして笑い始め、テーブルに身を乗り出した楊に僕はバシッと頭を叩かれた。
「もっと違う事を聞きなさいよ。」
「何でも聞いていいって思ったのに。」
「う。あのな、なぜか僕ちゃんが望んでもいない課長にさせられるから、昇進前にこの部屋を与えられて、「特定犯罪対策課」というありがたくない名前つきで追いやられたってだけ。課長よ、俺。」
楊の説明が本気で嫌々そうだなと思いながら、それでも僕は彼に祝いの言葉を贈った。
「昇進ならおめでとうじゃないですか。」
「何を言ってんの。本部やら他の所轄やらの「うぜぇ、かったるい」事件を俺に回してしまおうっていう「特定」よ。嫌がらせこの上ないじゃん。お化け事件は楊へって、何それよ。そんな嫌な事件を捜査しないといけない上に、管轄内の刑事課の手が回らない通常事件も対処しろだぜ。おまけに三月に昇進試験を無理矢理受けさせられてさ。まじむかつく。」
ぐちぐち言っている相棒の姿に、髙は呆れたように温かい目で笑っていた。
「髙も昇格試験を受けたじゃん。昇進決定。あと二人増えるから、髙に警部補になってもらわないと俺が死ぬ。」
目元の柔らかさを一瞬で失わせて睨む相棒に対して、楊は片手ピースで指をコンニチワさせながら髙にふふんと得意そうだ。
「えー、嫌だよ。どうして僕の昇進まで勝手に決めているの。僕はこのままでいいって。三月の試験だって、かわさん一人だけ上は要求なのに、かわさんが付き合いだからって僕に頼むからでしょう。何を勝手にやっているの。裏切りだよ、裏切り。」
「俺だって昇進なんて考えていなかったのに、髙が無理矢理に昇進試験を俺に受けさせてきたんでしょうが。そんで警部補になっての今でしょうが。合格しても役がなければ給料が上がるだけだって、君に騙されたよ俺は。」
「騙したって、人聞き悪い。警部補が本当に嫌だったら適当に答案を書けば良かったのに。」
楊は言い返せなくなったからか、がばっと机に突っ伏した。
でも、嫌だったら髙の言う通りにすれば良かっただけだよね?
楊はまじめか?