食堂での大活劇
佐藤の声が少しどころかかなり怖く、僕は素直に座り直した。
あぁ、どうしよう。
男達は僕達が走って逃げても捕まえられる間隔に広がりながらも、どんどんと僕達に近づいてきており、とうとう中心の男が僕達のテーブルに辿り着いた。
東洋人と白人のハーフのような外見をしている男は、テーブルに片手を着くと、僕の顔だけを見つめてにっこりと微笑んだ。
「この間渋谷で見た可愛い子だね。これから遊びに行こうか。彼も呼んでね。」
流暢な日本語で話す彼から少し離れて立つ左右の男達は、浅黒い肌の一目で判る東洋系外国人だ。
皆同じ大学生と思えない年齢に、暖かくても脱がないジャケットを羽織っている。
たぶんどころか確実に武器を持っているのだろう。
「行きません。私達の邪魔をしないで下さい。」
堂々と、滑舌も良く高すぎず低すぎない若々しい声が食堂に通った。
彼女の言葉に食堂にいる人間が一斉に僕たちを振り向いて、僕達は食堂内の全員に注目された。
凄い、さっちゃん。
「静かに付いて来てくれたら、ここにいる誰も死んだりしないよ。」
男は笑顔のまま声を潜め、ジャケットの中を僕達だけに見えるように開いた。
ジャケットの内側にはナイフが吊ってある。
僕はその光景にはぅっと息を呑んだ。
ずうんと重い衝撃を受けたあの痛みを最初に受けた時のように、僕は反射的に腹を抑えて、出来うる限り身を縮込ませて椅子の上で丸まった。
暗い大きなシャワールームのような無味乾燥な部屋。
叫んでも誰も来ない。
僕は何度も蹴られて、何度も何度も蹴られて。
僕は自分が立つべきだと思いながらも、ナイフを目にして尻は椅子に張り付いてしまったかのようだ。
けれども、情けない僕がただ怯えて固まっている横で、事態は勝手に映画のように動いていた。
佐藤はグラタン皿を男の胸元にぶつけると、勢いよくナイフ男に蹴りを入れた。
え、うそ。
佐藤の長い足で顎を弾き飛ばされるように蹴られた男は、かなりの距離を飛ばされて転がっていく。
ふあああ、そんなに遠くまで。
僕が唖然としながら転がっていく哀れな人を目で見送っていると、彼女はさっと取り出したバッジを掲げ、周囲に見せ付けるようにして大声で叫んだのである。
「警察です。脅迫と銃刀法違反の現行犯で逮捕します。」
周囲から大学生らしい賞賛の歓声がそこかしこで上がり、気がつけばナイフ男の後ろにいた二人などは、どこからか現れた山口と髙に捕獲されているではないか。
僕は守られていたのだ。
安堵に息を吐きだすとゆっくりと体は動き出し、体を縛っていた自分の腕から開放され、僕はようやく椅子から足を降ろせた。
ほうっと息を吐き出すだけでなく、言葉までも口から飛び出してきた。
「さっちゃんて、凄く、すごく、格好が良いですね。」
髙は僕の言葉に、またこの子は、というような笑顔を返してくれた。
「君のメールも良い仕事をしたよ。奴らを誘うために食堂に足止めさせてすまなかったね。」
髙の言葉に佐藤を見ると、彼女は肩を竦めている。
食堂に誘ってくれたのはこれが理由か。
まぁ、こんなものだ。
僕は隅っこ虫だし、同世代に嫌われる天才だ。
「すいません。一体何事でしょうか?」
ようやく大学構内の警備員が駆けつけて髙に声を掛け、髙は警備員に説明をするべく彼らに向き合った。
山口はというと、僕の方を一切見ずに黙々と暴漢を拘束していた。
山口に話しかけようとしたら、女の人の声が僕を押しとどめた。
「今度さ、別の所に食べに行かない?」
これは佐藤が僕にかけてくれた言葉だよ、ね?
僕が彼女を見返すと、彼女は作り物でない笑顔を僕に見せており、それは、柚木や水野に向けているのと同じものだった。
僕の頭は水飲み鳥のように、上下にコクコクと頷いていた。
佐藤はそんな僕に嬉しそうな笑顔をさらに追加し、さらに言葉を続けてくれた。
「学校の傍に色々お店があったのね。パンケーキがおいしそうよね。」
僕は僕にパンケーキを差し出す男の映像が脳裏にフラッシュバックした。
ナイフに刺さったパンケーキは真っ赤だが、それはベリーソースでは無くて、僕の血と言うソースだ。
「あぁ、クロ!」
「大丈夫!玄人君!」
佐藤と髙に体を抱き締められて揺らされて、僕は大声をあげてしゃがみ込んでいたようで、気が付けば鼻水と涙で顔じゅうがびしゃびしゃに濡れていた。
そして、山口はそんな僕にも目を向けないどころか、すでに姿を消していた。




