僕と一緒でもいいの?
構内はインターナショナルでグローバル化を推進している大学モットーにより、帰国子女や留学生の多言語が飛び交い、思い思いのおしゃれをした学生達で華やかでキラキラしていて、「これぞ大学生活」のパンフレットそのものの風景である。
二つを除いて。
まずは隅っこ虫の僕。
佐藤は完全に溶け込んでいるというか、溶け込むどころか光り輝いている。
あとのもう一つ、それは確実に大学生じゃない風貌の外国人が三名。
「えっと、さっちゃん。申し訳ないけどソコに立ってくれる?思い出に写真を取りたい。いいかな?」
佐藤は僕の頼みにくすくすと笑い出しながらも僕の指示した所に立ってくれ、僕は彼女の写真を撮るやすぐに楊と山口にメールをした。
良純和尚の言いつけは守らないといけない。
つい先日に誘拐と暴行を我が身に受けたばかりの僕は、安全を気に掛ける人のいう事を死守しないとその代償を受けると身に染みて知っている。
「何かあってもなくても、気になった事があったらメールをしろ。お前はまだ本調子じゃないからな。定期的にメールさえしておけば、お前がおかしくなったら誰かが気づくだろ。」
誘拐された僕以上に僕の誘拐を重く見ている良純和尚の言葉である。
さて、広場から学科ごとに指定された登録所に行って登録を済ませた後に、なんと僕は佐藤に食堂へと誘われた。
女性に食事に誘われるなど初めてだと喜びよりも恐縮の方が大きかったのは、僕が同世代の同性にさえ誘われたことなど無いという人生であったからである。
佐藤も水野も柚木も、僕より一つ上なだけの同世代であるのだ。
「えっと、僕と一緒でいいのですか。」
「何を言い出すの。大学の食堂って拘っているって聞いていたからね、この機会に利用してみたかったのよ。クロのお薦めって何かな?」
「あの、ええと、利用した事がないもので。すいません。」
「お昼はどうしていたの?」
「あの、えと、栄養補助食品のクッキーとペットボトルのお茶で。」
「そっか、そういえば私も高校の学食は使っていなかったかも。それじゃあ、初めて同士で行ってみようか。」
恐らく大学の片隅で人目を避けてきた僕と違い、佐藤は学食など使わずとも親友でもある水野と高校時代は校内の色々な場所で弁当を広げていたのだろう。
だが、食事に誘ってくれる佐藤の表情には押しつけがましさどころか、哀れな僕への同情心もなく、僕は素直に誘われたことが嬉しいと彼女に子供のような返事を返していた。
「はい。」
彼女は僕の同意を聞くや僕の手を取り、僕を親しい友人のように学食のある棟へと歩きだした。
彼女に連れられる僕は嘘じゃないのと考えながら一緒に歩き、食堂に着けばまるで友人同士のように彼女とメニューを選び、僕達は、いや僕だけだろうが、彼女を前にしてとても浮かれていた。
大学の食堂は二つあり、正門から直線距離にある中央広場を前にしたB棟の一階と、裏門と学生が呼んでいる東門近くにあるG棟の中二階のカフェだ。
B棟の方はワンフロアが丸々食堂となっていてとても広いのだが、佐藤はそこはよくある食堂のようで嫌だと却下し、僕達はG棟へと向かった。
実は僕も初めて向かったというほどG棟のカフェは理工学部の学生があまり向かわない場所で、それはなぜかと言うと、裏門近くに公園があるせいか近隣の子連れ主婦にファミレス代わりに使われている事と、騒々しい系のサークルがよく使っているということからだ。
初めて入ったG棟は、大学の校舎というよりは、まるでショッピングセンターかモールのような入り口だった。
広々としたエントランスの空間は吹き抜けという縦長で、右手には階段とエスカレーターが設置されているが、そのエスカレーターは二階までの高さは無く、そのエスカレーターを降りると二階へ行くための階段とカフェのあるスペースがある。
二階への階段から下を見下ろせば、石畳のようなグレーの床に白く丸いテーブルが水玉のように見えるだろう。
階段側となる壁の反対側は展望台のように大きなガラス張りだが、カフェスペースのそこかしこに観葉植物の鉢も置かれているので、まるでイギリスのキューガーデンの温室の中にいるようでもある。
「ふつうにおしゃれなカフェテラス風なのね。柚っちのお姉さんに聞いていた通り。」
「え、柚っちのお姉さんもここを利用している人なのですか?」
「ううん。卒業生ってだけ。彼女は今や横浜市在住の人。」
「横浜ってカラスで転ぶ人が多いの?あの、坂下さんみたいに。」
僕は葉子担当の若き颯爽とした警部を思い出していた。
彼は県警のデモンストレーション中にカラスに横切られたがためにバイクを転倒させ、それを理由に次期大隊長と目されていた交通部を去り、警備部に移動したという人である。
勿論、その場にいて大怪我をした坂下よりも、カラスの方の救助を試みたという新人制服警官が楊だったという落ちも付く。