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オッケーです

「まさか、その大笑いは、お前は本当に放り出しているのか。」


「眠いって騒ぐときはね。楽でいいだろ。」


「お前は本気で適当な奴だよな。」


「お前に言われたくないよ。」


 しかし当の玄人はそんな実の祖母に心折れる様でもなく、俺とかわやなぎの口喧嘩も気にすることなく、楊の腕の中に納まったまま一心に何かを思い悩んでいるようだ。


「どうした?ちび。やっぱり辛いから嫌か?」


「いえ、僕が怖いのは、僕自身はなんとも無いけど、葉子さんが不幸を背負う可能性が高いから怖いんですよ。葉子さんが背負った不幸は、そのまま娘の鈴子さんから孫の梨々子に行っちゃいますしね。」


「どういうこと?玄人。」


 不幸が娘と孫に行くと聞いた葉子は不安そうな表情で玄人に尋ね、するりと楊の腕から逃れた彼は、葉子の方を見ずに考え込んだままの風情で滔々と答え始めた。


「うーん。雅敏さんの骨を取り出すのは簡単なのですけど、一緒に寂しい人達までくっ付いて来るのが問題なんですよね。くっ付いて来ちゃったら供養しなきゃですし、供養し切れなかったら葉子さんの血を引くものに受け継がれちゃうし。」


「いいじゃない。玄人に害が及ばないんだから。やらないと葉子ちゃんは一生思い悩んで不幸になるんだから、やって不幸を背負わせても大丈夫よ。」


 こんな鬼婆に共感してしまう自分を責めながら、鬼婆を持った玄人に憐憫の情を持つべきだと彼を見ると、彼は慣れているのか鬼婆に無関心どころか何か考え事をしているようだった。

 否、考え事ではなく、オカルト君はあらぬところをじっと見つめ続けていたのだ。

 猫が何もない壁を見つめている、そんな感じだ。

 そんな玄人に怖気がきたのは楊だ。


「ちーび?何が、見えるの、かな?」

「しっ。」


 楊にぞんざいに返す玄人を初めて見た。

 楊は胸を押えて呆然と固まっている。

 そんな孫の不敬な行動に祖母は注意もせずに、と思ったらいつの間にか居間にあったらしきタブレットを開いている。

 飽きたのだろう。

 さすがに名高い鬼婆だ。

 そんな鬼婆と違う葉子は、一点を見つめて微動だにしない玄人を、心配そうでもあるが期待を込めた眼差しでじっと見つめていた。


「オッケーです。」


 壁に向かってそう呟いたオカルトは、満開の笑顔で俺達に振り向いた。


「雅敏さんが全部やってくれるそうです。葉子さんが手を差し伸べれば雅敏さんだけが手に残るように頑張るそうです。取り出せるのはちっちゃな一欠けらだけですが、いいですよね。」


 玄人の言葉に福音を耳にしたかのように葉子は目を見開き、それから玄人の手に神父に縋る信者のように縋り付いた。


「私がやるの?できるの?」


「僕も付いて行ってサポートしますから大丈夫です。葉子さんは共同墓地の墓穴の骨の中に手を突っ込む必要がありますけど。大丈夫ですよね?」


「もちろん、もちろんよ。ありがとう玄人。ありがとう。」


 葉子は玄人の右手を両手で掴み、まるで法王にするかのように彼の手を額に当てて泣きながら感謝をしているではないか。

 あの葉子が。

 その場面に立ち会っている楊も俺も、目を見合わせて玄人の存在にぞっとしたことを共感した。

 共感力の無い俺が楊の考えを聞くまでも無く共感したのだ。


 こいつがその気になれば、どんな悪魔にもなれるかもしれない、と。

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