青森には帰れない
僕が青森に帰りたくない訳。
絶対に帰るべきだと祖母が言い張る理由。
全部僕の不始末が原因だ。
高校生時代に、僕は同級生の青年に僕の振りをしてもらっていたのである。
同級生である彼、三田葉月が僕の名前の武本玄人を名乗り、僕が彼の名前を名乗っていた。
記憶喪失である僕は世間が怖くて仕方がなく、彼は昔にレイプされた自分を捨て去りたかったという利害の一致であるが、僕はそのために青森に五年近く帰っておらず、彼は僕の名前でこん睡強盗や違法薬物の売買などをしていたのである。
林裕一らしき死体を見つけた僕が犯人に仕立てられたのも、犯人であった三田葉月のその行動によるところが大きいが、悪事を行っても逃れられるという経験をすれば万能感などで歪むのも当たり前だ。
結局は全部、影武者などを頼んだ僕のせいなのだ。
「あなたが身代わりを作っていたことは殆ど誰も知らないし、知ったとしても誰もあなたを責めたりしないわよ。だから帰っていらっしゃい。皆は当主の帰還を望んでいるの。」
「で、でも、駄目です。僕に当主の器なんてありません。会社だって、皆が決めて動いているのに、余計な僕が横から口を出すなんておこがましいではないですか。従兄の和君の方がずーとずーと当主に見合った人でしょう。」
「和久も皆も、あなたの言葉が聞きたいの。病気を気にして法事が嫌なのならば、チョコチョコと行き来するだけでも良いの。明日にでも青森に帰りましょうか。新幹線で日帰りできるようになったじゃない。」
「新幹線を降りた後が地獄じゃないですか!電車が遅れて連絡が失敗したらどうするの。」
武本家の本拠地は、青森県内でも「陸の孤島」と笑われるほどの僻地だ。
また、とりあえず我が町は青森の南部に括られるが、その南部は南の方に位置するからではなく、青森には津軽民族と南部民族の相容れない民族紛争があるための色分けでしかない。
「そこからリムジンを呼べばいいでしょう。最初からセスナでもいいし。いいわよ、あなたが帰るというのならば、ミニジェットを飛ばしても。時間が掛かってもいいのなら、ヨットを手配してゆったり行くのも良いわよねぇ。あなたは船が好きだものね。」
僕は祖母が武本物産そのものよりも財産家である事を忘れていた。
祖母から顔を背けてした僕の大きな舌打ちに、非常識な刑事達は嬉しそうな笑い声を仲良く立てた。
「クロトっておばあちゃんには普通の子だよね。」
「そうそう。電話の会話で気に入らないとスマートフォンをバシって叩きつけたり。子供らしくていいよね。いっつも我侭もない良い子過ぎるから、そういう姿は安心するよね。」
優しい彼らの言葉に、僕がほろりと来たのは言うまでも無い。
でも僕は二十歳の成人男性です。
「まぁ、あなた方は本当に良い方々ね。あなた方に付き添って頂けるのならば、ジェットでもセスナでもヨットだろうが、お好きなものを何でも用意しますよ。」
「素敵だ!咲子さん!」
「俺も感激ですよ!最高です!」
葉山はテーブルを超えて、山口は間の僕を越えて、僕の祖母に嬉しそうに両手を差し伸べて喜んでいる。
祖母も若い美男子達に持て囃されて凄く嬉しそうだ。
この非常識共め。
「い、行きませんよ!行けるわけないじゃないですか!」
十二歳までの武本玄人はとっくに死んでいる。
僕は記憶など思い出していない。
十二歳で死んだ玄人の記憶を読みながら、僕は玄人として生きているだけの偽者なのだ。
それが当主?無理に決まっているじゃない。
それに、僕が玄人では無いと彼らに知られたら、僕は彼らの愛を失うに違いない。
父さんと母さんはそのいい見本じゃないか。




